敗戦直後の孤島で描かれる、贖いと赦しの物語。文学座アトリエの会『挿話(エピソオド)~A Tropical Fantasy~』稽古場レポート


文学座アトリエの会が、 3月14日(火)より『挿話(エピソオド)~A Tropical Fantasy~』(以下、『挿話(エピソオド)』) を上演する。

時代は、1945年8月。南海に浮かぶ架空の孤島・ヤペロ島では、船の沈没により命からがら漂着した12人の日本兵たちが生活していた。2年に渡り、島の住民たちを支配下に置きながら、祖国の勝利を信じていた兵士たち。だが、彼らのもとに敗戦の報せが届く。

日本が負けた。その報せは、ボロボロの軍服で取り繕った彼らの権威をあっけなく引き剥がしていく。『挿話(エピソオド)』は、不安定な状況に追い込まれた瞬間にむき出しになる人間の脆さと滑稽さを描いた作品だ。

本作の初演は、終戦から4年後の1949年。それから実に74年ぶりの再演となる。74年の間に、時代も、国も、めまぐるしく変わった。まだ戦争の爪痕が深く残る当時に書かれた懺悔の歌は、令和の世にどう響くだろうか。

3月上旬に行われた稽古をもとに、本作の魅力を紹介したい。

敗戦によって剥がれ落ちる「閣下」のメッキ

ブラックボックスの劇場に、青々とした熱帯雨林が広がっている。そこは、南海の果てにある幻の島。近づいてくる航空機の音が、爆煙の臭いこもる戦争の時代へと観客を誘う。

舞台上に駆け込んでくるのは、3人の日本兵。師団長の倉田(清水明彦)、参謀長の藤野(中村彰男)、副官の谷村(山森大輔)だ。3人は迫りくる敵国の偵察機から逃れるように防空壕に身を隠す。

耳をつんざく爆音と共に敵機は去った。今日もこうして倉田たちは難を逃れた。この島に流れ着いて2年、ずっと倉田たちはこうして敵国からの攻撃に息を殺して逃げ続けてきたのだろう。

だが、この日は様子が違う。いつものような地上銃撃がない。代わりに、航空機から舞い落ちてきたのは、何枚もの伝単(ビラ)。そこには、日本が無条件降伏を受け入れたと記されていた。祖国の敗北を信じられない倉田はこれを米国による罠だと憤る。

しかし、遥か向こうの部落からは、同じようにビラを受け取った島民たちの歓喜の声が聞こえてくる。終戦は、島民たちにとって日本軍による支配からの解放を意味する。1枚のビラが分ける明と暗。倉田は敗戦を認めず、この島は自分たちの指揮下にあることを主張しようとするが、その心に走った不安のヒビはやがて大きな亀裂となって倉田を飲み込んでいく。

物語冒頭は、倉田、藤野、谷村の3人によって展開される。この序盤の面白さは、3人のキャラクターと力関係を紐解いていくところにある。

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倉田師団長(清水明彦)

軍隊は、言わずと知れた階級社会。それぞれの立場も権力も、階級によって明確に決定づけられている。三者の中で最も階級が上なのは、師団長の倉田だ。周囲からも「閣下」と呼ばれ、たった12人の日本人社会の中でまるで王族のように崇められている。だが一方で、年かさだけに目も悪く、他の2人と比べても機敏さに欠ける。ふんぞり返っているわりには、どことなく頼りない印象だ。

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藤野参謀長(中村彰男)

参謀長の藤野は、その名の通り倉田の側近であり、腹心というよりも腰巾着のような印象が強い。倉田の命に従い、太鼓を持ちながら、したたかに保身を図る計算高さもある、典型的な中間管理職だ。そして、最も若輩であろう谷村は、階級こそ下だが、事態を冷静に見渡す視座の広さを持っている。

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谷村副官(山森大輔)

そんな3人が、敗戦の報せを受けてどう動くか。最もわかりやすく取り乱したのは、指揮官である倉田だった。日本が負けたことを知った島民たちが、報復に来るかもしれない。ふと頭をもたげた不安と猜疑心に取り憑かれたように、倉田は先んじて彼らを制圧しようとする。

だが、島民たちの言葉も知らない倉田には、直接交渉する術もない。ただ、通訳係となっている船員の守山(沢田冬樹)を呼んでこいと威張り散らし、臆病風に吹かれる心を奮い立たせるように、かつての武勇伝に縋りつくだけ。その姿が、なんとも滑稽だ。

特に、最も若い谷村が落ち着き払っている分、余計に倉田の狼狽ぶりが際立っている。そして、その対比は令和の世で見ても十分に面白い。ハリボテの権威を振りかざし、大層なことをしているつもりで、実は単に事態を振り回しているだけの人は世の中にはたくさんいる。政治の世界にも、きっとあなたの職場や地域にも、そんな男たちは山ほどいるだろう。

倉田は権威主義の象徴のような男で、敗戦によってメッキが剥がされた途端、器の小ささがあらわになる。それはまさに74年経っても変わることのないこの国の家父長制への風刺にも見えて、ブラックな笑いを誘う。

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演出の的早孝起

演出の的早孝起は、そんな倉田のキャラクターを立たせるように俳優たちをディレクションしていく。それは、島民たちの蜂起を恐れた倉田が、この島は日本軍の指揮下にあるという命令文を読み上げた後のシーン。自らの号令に鼓舞されたように倉田は威厳を取り戻し、自身を「生まれながらにして英雄の品格を備えた人間」だと得意げに語りはじめる。

そこで的早は、倉田役の清水に「ここで一度座ってほしい」とオーダーを出す。稽古が再開すると、的早のオーダー通り、清水はくつろぐようにあぐらをかいてみせる。すると、途端に場の空気が緩む。まるで居酒屋でネクタイを緩めながら過去の自慢話を部下に聞かせる上司のようだ。また、倉田の長話を聞く藤野役の中村がいかにも提灯持ちといった様子で、妙な親近感がある。

現代の日本からは、時間も場所さえも遠く離れているのに、不思議と地続きに感じるのは、名も知らぬ孤島でサバイブする彼らが実に人間臭いからだろう。敗戦という緊急事態を前にまろび出る人間の本性を時に諧謔を混ぜて描き、観客と距離を縮めていく。

人はなぜ争いを起こすのか

倉田がこれほど島民の反乱を恐れるのには理由がある。かつてこの島に辿り着いたとき、倉田たちは何人もの島民を虐殺したのだった。力によって服従させたからこそ、その力が衰えたとき、彼らにあてがった鎮圧のさるぐつわが外れ、復讐の牙が向けられることに怯えている。

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(左から)中村彰男、山森大輔、沢田冬樹、清水明彦

そんな倉田の恐怖を見透かすような藤野の佇まいもいやらしい。倉田の背後にそっと近づき、島民を何人殺したかと耳打ちする。まるで悪魔のささやきだ。藤野はニヤニヤとした顔つきで倉田をおだてながら、不意に失礼なことを言ったりする、食えない男だ。その腹の内の読めなさが、イエスマンのようでありながら小狡く算盤を弾いている古狸といった感じで、倉田と藤野のやりとりを面白くしている。

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小島上等兵(小石川桃子)

さらに、ここに典型的なマチズモの小島上等兵(小石川桃子)が加わることで、より倉田の浅薄さが露呈してくる。今回の稽古では、そのシーンにまでは至らなかったが、この小島に小石川桃子という女性俳優を配しているところが興味深い。台本を読む限り、小島は筋骨隆々の体育会系らしい男だ。なぜそこにあえて女性をキャスティングしたのか。演出の的早には何らかの企みがあるはずだ。その意図を読みながら観るのも面白いだろう。

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(左から)小石川桃子、清水明彦

終戦の歓喜に島民が沸く中、倉田は己の犯した罪に心をからめ取られていく。戦争という極限状態の中で、罪なき人々を何人も斬り殺した倉田。戦時下では、その罪は誉れだった。だが、戦争が終わった今、栄光は罪となって倉田の良心を蝕む。

なぜ人は争いを起こすのか。なぜ正義という名の大義名分のもと、人の命を奪い合うのか。目の前で血を流し倒れたその人は、どんなところで生まれ、どんな家族のもとで育ち、どんな友と笑い、どんな人と恋をし、どんな夢を見て、どんな人生を生きて、今日ここに辿り着いたのか。そんなことを考える想像力さえ、戦争は人から奪っていく。その代わりに、殺した人の数だけ自分が英雄になったような錯覚を与える。

自らを「生まれながらにして英雄の品格を備えた人間」と豪語する倉田は、敗戦の報せを受け、己の罪とどう向き合うのか。倉田の自己弁護が、今日の社会で対話の欠如により巻き起こるいくつもの衝突を思い起こさせる。人は己の罪をどう贖うのか。理不尽な加害をどう赦すのか。本作に通底する問いは、不寛容な現代に重くこだまする。

作は、加藤道夫。東南アジアの島に通訳として従軍していた加藤の戦時中の実体験をもとに本作は描かれている。74年の時を経て蘇る幻の島の物語は、憎しみばかりが募る現代で、突然のスコールのように、心に染みついた怒りも恨みも洗い流してくれることだろう。

文学座3月アトリエの会『挿話(エピソオド)~A Tropical Fantasy~』は、3月14日(火)から3月26日(日)まで信濃町・文学座アトリエにて上演される。

(取材・文/横川良明)

文学座3月アトリエの会
『挿話(エピソオド)~A Tropical Fantasy~』公演情報

上演スケジュール

2023年3月14日(火)~3月26日(日) 信濃町・文学座アトリエ

<チケット>
文学座オンラインチケット
https://p-ticket.jp/bungakuza

文学座チケット専用
0120-481034(シバイヲミヨー) ※11:00~17:30/日・祝を除く

スタッフ・キャスト

【作】加藤道夫
【演出】的早孝起
【出演】中村彰男、清水明彦、沢田冬樹、横山祥二、山森大輔、相川春樹、小石川桃子

公式サイト

【公式サイト】http://www.bungakuza.com/episode/
【文学座アトリエの会Twitter】@Bungakuza_At







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