“英国バレエ界の鬼才”が贈るポップでビターなおとぎ話!マシュー・ボーン in Cinema『くるみ割り人形』試写レポート


しばしば“英国バレエ界の鬼才”と称されるマシュー・ボーン。その個性的かつ豊かな表現力で、古典バレエの新しい解釈を提供し続けている。この度、そんな彼の代表作のひとつである『くるみ割り人形』が映画館で上映されることが決定した。初演から30周年を記念して新たに収録されたマシュー・ボーン版『くるみ割り人形』を一足先に鑑賞してきたので、その様子をレポートしたい。

マシュー・ボーン in Cinema『くるみ割り人形』試写レポート

まず初めにお伝えしたいのが、本作を楽しむのにバレエの知識など全く不要だということ。古典バレエの『くるみ割り人形』がどんな内容かとか、マシュー・ボーンが他にどんな作品を手掛けているのかとか、ステップが、ダンサーが…そういう「見てみよう!」の障害になりそうなものは、全部取り去ってしまって問題ない。(もちろん事前に知識があれば、それはそれで面白いのだが。)

マシュー・ボーン in Cinema『くるみ割り人形』

見た目に楽しい!けど、決して子ども騙しではない

可愛らしさと毒々しさが融合した視覚的な楽しさが前面に押し出された本作。ティム・バートン監督の映画と似た雰囲気だと感じる人も多そうだ。そんなところからイメージしてもらえれば分かるように、何も考えずにただ眺めているだけでもワクワクできる見た目に楽しい内容で、単純に笑えるシーンも多い。ところが、そんな“分かりやすさ”がありながらも、ストーリーは意外とビター。単なる子ども騙しで済ませないところがマシュー・ボーン版の醍醐味なのである。

“ビター”と表現したのは、くるみ割り人形の王子を好きになった主人公クララの恋路があまりにも気の毒だから。二人で楽しく過ごす時間もつかの間、どさくさに紛れて、くるみ割り人形は他の女の子(プリンセス・シュガー)にちゃっかり乗り換えるのだ。そのせいで、このファンタジックな旅の間、クララはずっと嫉妬心をぐるぐるとさせることになる。好きな人が他の女の子に夢中なのだから無理もない。仲睦まじくペアで踊りながら、濃厚な口づけを、それも何回も…。

マシュー・ボーン in Cinema『くるみ割り人形』

クララの気持ちなんてまるでお構いなしみたいに、ポップに飾られた舞台上でスピーディーに展開していく物語。チャイコフスキーの名曲にのせた軽快な振り付けも、それをこなすダンサーたちの笑顔も、ちょっと狂気じみて見えてくる。

彼の気持ちを取り戻そうとするクララの奮闘もむなしく、最終的にくるみ割り人形とプリンセス・シュガーが“TRUE LOVE”ということで結ばれてしまう。孤児院で生活してきて、誰からもろくに愛情を注いでもらえなかったであろう彼女に、いきなりこんな愛の試練を課すなんて。運命ってやつは鬼畜すぎやしないだろうか。観客としても、「そっちが結ばれちゃっていいの?」と胸に突っかかるものを感じるが、華やかなクライマックスは強制的にやってきてしまう。

“報われない愛”をテーマに扱うことが多いといわれるマシュー・ボーンだが、彼の手掛ける『くるみ割り人形』はどのような結末を迎えるのか、ぜひご自身の目で確かめてほしい。

マシュー・ボーン in Cinema『くるみ割り人形』

登場するのは全員例外なく“クセ強”キャラクター

本作に登場するキャラクターは、本当に本当に例外なく全員がクセ強で魅力的。ここでは、私の個人的なお気に入りを厳選してお伝えしよう。

まずは、縞パジャマに天使の羽を生やしたキューピッドの二人。孤児院のシーンで壊れた人形を直すために心臓マッサージや緊急手術をしてくれた二人が、クララが旅する不思議な世界ではキューピッドの姿で登場する。彼らだけはずっとクララの味方でいてくれて、彼女のために色々と手助けをしてくれるのだが、いかんせんちょっとポンコツ。とはいえ、そのポンコツなところがまた愛くるしい、お茶目な二人である。

マシュー・ボーン in Cinema『くるみ割り人形』

もうひとつは、ニッカーボッカー・グローリー(これは、アイスクリームを使ったイギリスのデザートの名前。サンデーやパフェをイメージしてもらえればOKだ)。キャンディの王国の入り口でクララが出会う、超!怪しげなキャラクターである。クララが欲しがっている招待状をチラつかせる様は、意地悪なトルコアイス屋のよう。抗えないような甘い誘い文句で引きつけつつ、のらりくらりとかわされる。悪人なのか善人なのか最後までよく分からないが、クセ強キャラクターだらけの中にあっても異彩を放っている。

マシュー・ボーン版『くるみ割り人形』はどんな作品か?

このあたりで、“本作は、まるで××な作品である。面白いので、ぜひ劇場に足を運んで”と綺麗に締めたいところだが、なかなか良い言葉が見つからない。まるで、まるで――。

たまにショッピングモールの中にある、カラフルなグミやキャンディを量り売りしているお店のような作品?体に悪そうな着色料でいっぱいのやつ。もしくは、ケーキを覆う透明のフィルムを剥がして、そこについた生クリームを舐めるときの、あの感じ。お行儀が悪いけど、その背徳感が美味しさの鍵になる。

マシュー・ボーン in Cinema『くるみ割り人形』

…本当にマシュー・ボーンという人は。彼は夜に眠るとき、どんな夢を見るのだろうか。

「マシュー・ボーン・シネマ 『くるみ割り人形』」は、TOHOシネマズ日本橋、大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズららぽーと福岡で、3月10日(金)より1週間限定上映される。もちろん、機会があれば舞台で観てみたいものだが、ダンサーたちの豊かな表情や衣装の細部まで(クリームを舐めるように!)味わいつくせるのは映画ならでは。ぜひ、足を運んでみては。

(文・取材/エンタステージ編集部 バレエ担当 写真/(C) Johan Persson)

マシュー・ボーン in Cinema『くるみ割り人形』詳細情報

マシュー・ボーン in Cinema『くるみ割り人形』

公開情報

公開日:2023年3月10日(金)※一週間限定上映
公開劇場:TOHOシネマズ 日本橋/大阪ステーションシティシネマ/TOHOシネマズ ららぽーと福岡
鑑賞料:一般3,000円/学生・障害者2,500円

劇場予告編:https://youtu.be/CgfziWZeJ7E
公式サイト:https://www.culture-ville.jp/nutcracker

公開記念イベント概要

バレエダンサーの柄本弾とマシュー・ボーンの大ファンだという桜沢エリカによるトークイベントの開催が決定。

開催日時:2023年3月10日(金)19:00~
場所:TOHOシネマズ 日本橋(最寄駅:三越前駅)
ゲストトーカー:柄本弾(バレエダンサー)x 桜沢エリカ(漫画家)(敬称略)
司会進行:小田島久恵(音楽・舞踊ライター)
鑑賞料:一般3,000円/学生・障害者2,500円

作品概要

タイトル:マシュー・ボーン・シネマ 『くるみ割り人形』
上映時間:1時間28分(休憩なし)
振付・演出:マシュー・ボーン
映像監督:ロス・マクギボン
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
指揮者:ブレット・モリス

キャスト

クララ:コーデリア・ブレイスウェイト
くるみ割り人形:ハリソン・ドウゼル
シュガー/プリンセス・シュガー:アシュリー・ショー
フリッツ/プリンス・ボンボン:ドミニク・ノース
ドクター・ドロス/キング・シャーベット:ダニー・ルーベンス
ミセス・ドロス/クイーン・キャンディ:デイジー・メイ・ケンプ
キューピッド:キーナン・フレッチャー、カトリーナ・リンドン
ハンバグ・バウンサー:ベン・ブラウン
オールソーツ・トリオ:モニク・ジョナス、ハリー・オンドラク・ライト、ロリー・マクレオド
ニッカーボッカー・グローリー:ジョナサン・ルーク・ベイカー
マシュマロ・ガールズ:ステファニー・ビラーズ、ケイラ・コリモア、伊藤梢子、釜萢来美、カトリン・トーマス

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マシュー・ボーン in Cinema『くるみ割り人形』
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