これは極上のラブコメであり、不朽のヒューマンドラマだ。The Other Life『バタフライはフリー』レポート


2020年9月20日(日)に東京・中野ウエストエンドスタジオにて、The Other Life vol.11『バタフライはフリー』が開幕した。The Other Life とは、海外の小劇場で生まれた傑作戯曲を、倉田淳の演出のもと、現代に甦らせる、劇団スタジオライフの人気レパートリーの一つ。

当初6月に上演を予定していた本作だが、コロナ禍の影響により延期に。公演回数を12回から15回に増やし、1ステージの収容人数を少なくして上演する運びとなった(150名→75名)。また、劇場での公演のほか、終演後のイベント総集編+おまけ特典映像の「追っかけ配信」(有料)の実施も予定している。

以下、オフィシャルレポートを紹介。

自由気ままに生きる。花から花へと移ろう蝶のように、何にも縛られず、思うままに生きていたい。それはとても心地が良くて、特に若いときほどそんな生き方に憧れてしまう。この物語に登場する二人の若い男女もそう。でも、心地良さだけでは語れないところに人生の果実は実る。だから、人と人が生きることは尊いのだと、The Other Life vol.11『バタフライはフリー』は教えてくれる。

今回倉田が選んだ『バタフライはフリー』は、映画『絹の靴下』『パリの恋人』などで知られる脚本家、レオナルド・ガーシュが 1969 年に発表した会話劇だ。ブースシアターで 2 年間にわたって上演され、1972 年には『サボテンの花』のゴールディ・ホーンをヒロインに迎えて映画化。母親役を務めたアイリーン・ヘッカートをオスカー女優へと輝かせた名作だ。

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舞台は、とある安アパート。そこで暮らすのは、盲目の青年・ドン(宮崎卓真)。ラジカセを抱え、歌を聴いている。好きなものだけに囲まれた気ままな日常を壊すように、鳴り響く電話のベル。相手は、母親のミセス・ベイカー(曽世海司)だ。母親が何を喋っているかは分からない。けれど、ドンの様子を見る限り、過干渉気味の母親に辟易としているらしい。

うんざりしながら電話を切ると、次は隣室から大音量のテレビの音が。注意をすると、隣室の住人・ジル(伊藤清之)が「コーヒーを飲ませて」と部屋に押しかけてくる。ロサンゼルス出身の 19 歳だというジルは、まるで遠慮も人見知りをする素振りも見せず、矢継ぎ早に質問を浴びせかけてくる。こうして若い二人は会ったその日に恋におちていく。

まずおもしろいのが、このジルのキャラクターだ。16歳で結婚し、わずか 6日で離婚をしたという奔放ぶり。しかも、それを何ら恥じている風でもない。現在は女優の卵で、このあとオーディションに行くのだという。ブラウスのジッパーを男性であるドンに上げてもらうことも臆さない。まさに自由の象徴だ。

一方でドンはと言うと、生まれつき目が見えないが、殊更それを悲観している気配はない。生まれた時からそうだからと言ってのけ、むしろ途中までドンの目が見えないことに気がつかなかったジルの様子を見て面白がっている余裕さえある。

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だけど、ジルとの違いは、ドンは籠の中の鳥であること。このアパートは、2ヶ月という期間限定で借りているもの。心配性の母親は、目の見えない息子の独立にひどく反対していると言う。ミュージシャンを夢見るドンは、自由への憧憬を「Butterflies Are Free」と自作の歌に託す。

物語は、感染症対策のため、中盤に 10 分間の休憩を挟み、2 幕形式で上演される。1幕の見どころは、ジルとドンの軽妙な会話。コンタクトレンズを知らないドンに「目が良かったのね」とさらっと言ったり、散らかった部屋をドンに見られないように慌てて隠したり。目が見えないドンと目が見えるジルの間に生まれるズレがユーモラスに綴られている。

ハンディキャップというデリケートな題材にもかかわらず、こうした笑いが決してざらついたものにならず、むしろクスッと楽しめるのは、戯曲の品の良さと、ジルとドンを演じた伊藤と宮崎の明るさに尽きるだろう。

目鼻立ちのくっきりした伊藤にはブロンドがよく似合い、天真爛漫を絵に描いたような言動が舞台を明るく照らしている。宮崎は目がとても印象的。何も見えないからこそ、まっすぐと一点を見据える眼差しが、決して後ろ向きにはならないドンのキャラクターを表している。

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そんなジルとドンが出会い惹かれ合う1幕を終え、2幕はそこにミセス・ベイカーが乱入してくることで一気にギアが上がる。厳格なミセス・ベイカーは、大事な息子がしみったれた安アパートで暮らしていることがまず信じられない。しかも、そこには下着姿のジルもいて、今にも怒髪天を衝くところを、体面を気にするミセス・ベイカーは必死にこらえながらジルに接する。しかし、物怖じしないジルはそんなミセス・ベイカーに堂々と「ジッパーを上げて」と頼んで地雷を踏みにいく。

ミセス・ベイカーが登場することによって、コメディとしてのおもしろさがぐっと増すのだ。それは、ミセス・ベイカーを演じる曽世海司の力量によるところも大きいだろう。涼やかな顔立ちはインテリジェンスな匂いがあって、クリスチャンディオールの香水をたっぷりつけているとからかわれるハイソサエティな女性にぴったり。それでいて、ちょっとした切り返しに遊びっ気があって、観客をニヤリとさせる。ベテランらしい硬軟自在な演技だ。

ミセス・ベイカーの登場により、ジルとドンの関係は一転していくのだが、特に強烈に心に残ったのは、ドンとミセス・ベイカーの二人きりのシーン。目が見えない息子が一人で暮らしていくことが心配でならないミセス・ベイカー。だけど、ドンはそんな母の束縛を疎み、普通の子たちと同じように学校にも通わせなかった過保護ぶりに恨み言をぶつける。

けれど実際には、目の見えないドンは、勝手に自分の荷物をつめた母からバッグを取り返すことさえできない。ミセス・ベイカーが息をひそめた瞬間、母がどこにいるのかさえドンは見つけることができないのだ。その残酷な現実が痛々しく描かれ、ミセス・ベイカーの息子に対する態度も決して過保護とは言い切れないように思えてくる。

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ドンはずっと自由になりたかった。母親の束縛から逃れ、自分の意思で自分の人生を選びたかった。だからジルに惹かれた。世間の常識にとらわれず、たくましく生きているジルに。ドンが母親とちゃんと向き合えたのはジルとの出会いがあったからだ。彼は、このたった1日でほんの少し大人になった。

けれど、それと同時に、人と深く関わろうとしたら、蝶のように気ままにはいられない。甘い蜜だけを吸って、飽きたら次の花へ。それはそれで確かに楽しいかもしれないけれど、その花が枯れ、やがて散るまでを共に寄り添う。そんな生き方も確かにあって、そのためには言いたくないことも言わなければならないし、たとえ疎まれても時には相手に深く踏み込まなくてはいけない。

ジルとドンとミセス・ベイカー。三者のあり方から、そんな人と人のあり方が浮き上がってくる。いかにもブロードウェイらしいオシャレでライトなラブコメディのようで、そんなヒューマニズムを感じられるところが、この『バタフライはフリー』の魅力だ。そして、そのメッセージは人と人との関わりが希薄となったと言われる現代社会により鋭く刺さる。

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古き時代から世界には優れた作品が無限にあって、長い一生をかけてもそれらのすべてを見尽くすことはできないだろう。だからこそ、どのタイミングでどの作品と出会うのか。それが、人生の豊かさを決定づけていく。こうして国も時代も超えて選りすぐりの戯曲を現代へとレコメンドするスタジオライフの試みは、そんな豊かさに気づかせてくれた。

The Other Life vol.11『バタフライはフリー』は 10月4日(日)まで東京・中野ウエストエンドスタジオで上演。日によって「舞台挨拶」「撮影会」「トークショー」などの催しも開催される。詳細は公式サイトにてご確認を。

トークショー詳細

9月22日(火・祝)15:00公演 ゲスト:倉田淳(演出)
9月26日(土)18:00公演 ゲスト:山本芳樹(Studio Life)
9月27日(日)13:00公演 ゲスト:馬場良馬
10月2日(金)19:00公演 ゲスト:松本慎也(Studio Life)
10月3日(土)18:00公演 ゲスト:関戸博一(Studio Life)

追っかけ配信 詳細

『バタフライはフリー』アフタートークスペシャル
【視聴チケット】2,500 円 (税込)
【配信期間】10月10日(土)~10月31日(土)
チケット購入URL:https://theatre-live.myshopify.com/blogs/nextevent/studiolife_b

※予定していた本編映像の配信は、権利の都合上中止となった

(取材・文/横川良明、写真/オフィシャル提供)

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