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姉弟の思春期に歪む世界――南沢奈央、柾木玲弥らによる『恐るべき子供たち』レポート

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反抗し葛藤しながらも大人になっていくか、それとも社会を拒絶し、自分たちだけの“王国”を創るか――。2019年春、KAAT神奈川芸術劇場が“性”と“生”をテーマにした2作の上演を企画。4月の『春のめざめ』に続き、5月18日(土)には『恐るべき子供たち』が開幕した(※5月18日・5月19日はプレビュー公演)。本作は、フランスの詩人・作家であるジャン・コクトーが1929年に書き上げた小説で、日本では萩尾望都が漫画化するなど、広く親しまれてきた。

今回の上演台本を手掛けたのは、劇団はえぎわ主宰のノゾエ征爾。出演は、南沢奈央、柾木玲弥、松岡広大、馬場ふみか、デシルバ安奈、斉藤悠、内田淳子、真那胡敬二。

両作とも演出を手掛けるのは白井晃だ。『春のめざめ』では伊藤健太郎、岡本夏美、栗原類ら若き俳優達と共に、思春期の子どもたちが大人になっていく葛藤を描いた。『恐るべき子供たち』ではまた違った“性”と“生”が描かれており、白井は「コクトーの作品の中で、子供たちは社会を拒絶し、自分たちだけの繭の中に生を得ようとしています。同じ思春期の話ですが、全然違う方向を向いている」と語る。

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物語の舞台は、パリの下町。ポール(柾木)は憧れの少年ダルジュロス(馬場)らと雪合戦をしていた。しかしダルジュロスの投げた雪玉がポールに命中し、怪我を負ってしまう。ポールの友人ジェラール(松岡)は「ダルジュロスが雪の中に石を入れていたんです!」と主張するが、ポールはダルジュロスをかばって「違う」と言い張る。しかしポールはそのケガが原因で、学校に通うことができなくなってしまった・・・。

ポールの看病をする姉のエリザベート(南沢)は、病気の母親の看病もあり大忙し。弟への愛情なのか、看病の手間と心を割いたことによる依存なのか・・・ポールに手をかけるエリザベート。さらに母の病死を機に、エリザベートは家から出ず気ままに暮らす弟に執着していく。

エリザベート役の南沢は、弟と一緒にイタズラをしたり、我がままな弟をしかったりと、過剰なりに面倒見の良い姉。ただ、親が子に依存することがあるように、弟を自分の殻に閉じ込めようとする。ポールの一挙手一投足にたいして喜怒哀楽を剥き出しにする様子は、感情をコントロールしきれない子供の癇癪のようだ。その姿は恐ろしくもあり、痛々しくもある。

エリザベートからほとばしる、時間と手間をかけた相手への愛憎と嫉妬・・・多くの人が、かすかにでも持っているだろうその感情を、エネルギッシュな南沢が生々しく刺激する。南沢は「稽古は始まって数日、みんなと仲良くなって遠慮しなくなった頃に、白井さんから『エリザベートっぽくなってきた』と言われました」と振り返る。白井は「南沢さんは舞台に立った時の力強さがあるし、体力があるのがまず素晴らしい。勘どころがすごくある方」と信頼を寄せた。

その愛憎を一身に受けるポールは、美しく繊細な少年。演じる柾木の放つ鋭さとあいまって、独特の毒がある。白井は「柾木くんは何を考えているのか全然分からないんですが、そこが魅力的。彼なりの感覚・感性でぶつけてくるし、おもしろい感性を持っている。チャーミングで、まだまだ隠し持っているものがあるんじゃないかなと思っています」と柾木の印象を語った。

そんなポールは、エリザベートが構いたくなったり、友人ジェラールが心配したくなったりする魅力を持っている。南沢自身も「柾木くんは本当に弟みたい。ちょっと優しくすると照れる。のど飴をあげようとすると『いらない!』という態度を取るので、こっちは『受け取ってよ!』という気持ちです(笑)」。稽古場では“稽古をしていない時もポールだった”と言われたそうだが、本人は言葉少なに「やってく中でそう思えるようになってきました。稽古してみんなと合わせていくうちに出来たのだと思います」と振り返った。

ポールとの“王国”を守ろうとするエリザベート。内に閉じこもるようなポールだが、ジェラールや、その後登場するアガート(馬場ふみか/二役)などほかの子供たちをも惹き付けていく。ただ、ポール本人は強く憧れたダルジュロスに興味を持ってもらえず、その影を追い続けているのだけれど・・・。

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ずっと二人の傍にいて振り回される友人ジェラールを演じるのは、松岡。ポールにもエリザベートにも惹かれつつ、自由で横暴な姉弟たちから離れられずにいる。その視点はこの舞台においてとても重要な役割を果たしていて、自分たちだけの“王国”に閉じこもろうとする姉弟と、観客たちを繋ぐ。

ジェラールを本作における“語り部”のポジションに据えたのは、小説を脚本化したノゾエだ。それについて、白井は「ノゾエさんが戯曲の中で試されているのは、小説から戯曲に起こすにあたってどういう視線でつくるかということ。ジェラールの視線を一つ外に置くことで、姉弟をどう見ているのか、お客さんと同じ視線に持くという仕掛けを創ろうとしている」ことを踏まえ、演出したそうだ。

松岡本人については「松岡くんは若いけど舞台経験も多いので、舞台の立ち方も分かっています。難しい役どころでもありますので、僕の要求に対しても自分なりに悩んで真面目に取り組んでくれました」とのこと。

物語を観客に届けるため、松岡は「しっかりと言葉の意味を伝えるというところでは、今まで以上にエネルギーを持って、一つ一つの単語や文に対して考えなければいけないなと感じていました。作品として昇華させるためには言葉を大切に伝えていく、そして届けていくということと、観ている人になにかを伝えることが非常に大切だなと」と振り返った。

実際に稽古場での存在もジェラールに近かったようで、南沢は「松岡くんは一番年下なんですが、一番間に入ってしっかり取り持ってくれてる感じでした」と言う。しかし本人は「何もしてない(笑)」と謙遜。その自然な様子は、役に合った配役だったのだろうと伺わせた。

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原作小説でも、ジェラールの見た景色が語られていく。しかし舞台でのジェラールは、より観客に近い目線で、子供たちの世界と客席とを繋ぐ役目となっている。「私たちは客席から何を見ているんだろう」・・・丁寧に言葉を紡ぐジェラールを通して、観客の前に、姉と弟の“王国”が立ち上がっていく。

その3人の歪んだ関係に入ってきて、大きな波紋を呼ぶのが、馬場演じるアガートだ。ポールが憧れ続けている少年ダルジュロスによく似た女性で、エリザベートの仕事仲間だったことから姉弟の家に招かれる。馬場は、二役演じることについて「二人それぞれ全然違った目線でこの作品について考えることができるので非常におもしろいです。同時に、ワンシーンごとに切り替えなければいけないので、スイッチングの難しさも感じています」と楽しさと大変さについて語る。白井も「二役は本当に難しい部分はあるんですけど、モデルとかもやってらっしゃったから立ち姿を含めて舞台での華がありますね」と評した。

残忍さをうかがわせるダルジュロスと、優しく儚げなアガート。この二人が瓜二つだったことによって、姉弟の“王国”は脅かされていく。噛み合わない愛憎が渦巻く中、共同生活を送ることとなる4人。大人のいない子供だけの“王国”は、無垢でもろい。その清潔さと現実感のなさが、舞台一面に広げられた大きな白い布で表現されている。

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布は、舞い、波うち、人を包み、柔らかく形を変えていく。雪合戦の広場を表現したかと思えば、四方を取り囲んで繊細な“王国”を創る。しかしその“王国”の中にあるのは、ハリボテの部屋。子供たちが必死に生きる世界のもろさと美しさが感じられる。一枚一枚剥がされていく布で表現した舞台美術が、世界の変化をゆっくりと見せていく。

舞台に立つ南沢は「メイクや衣裳、セットも特殊で、照明、音楽も素晴らしい環境の中でやらせていただいています。セットがシンプルなので、リングの上に立たされている気持ち。逃げも隠れもできない状況の中での芝居です」と緊張感とやりがいを語った。

その白い“王国”の外界をほかの俳優たちが形づくる。デシルバ安奈、斉藤悠、内田淳子、真那胡敬二らの存在が大きく、地に足がついているほどに、思春期の子供たちの世界の危うさや妖しさが際立つ。

『恐るべき子供たち』も、『春のめざめ』と同じようにKAATでの白井晃演出レパートリーとして続く可能性がある。白井は「(『恐るべき子供たち』は)今回初演なので、いろんなことを試しながらやってます。それに対して、みんな表現の可能性を信じていろいろと試してくれている。みんなの勘がいいので、どんどん要求が増えていくんですよ(笑)。まだ変わるかも」と、より良い舞台を創るために意欲的。演出と共に、日々成長を重ねるだろう若き俳優たちも期待したい。

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『恐るべき子供たち』は、6月2日(日)まで神奈川・KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオにて上演。上演時間は約100分(休憩なし)を予定。

【公式サイト】https://www.kaat.jp/d/osorubeki

(取材・文・撮影/河野桃子)

(文/エンタステージ編集部)

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