米沢唯「カンパニーの底力」新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』


昨年に上演が発表されてから、開幕がそれこそ一日千秋の想いで待ち焦がれられている、新国立劇場バレエによるクリストファー・ウィールドン振付の『不思議の国のアリス』が、2018年11月にいよいよ幕を開ける。

本作は、2011年の英国ロイヤル・バレエによるワールドプレミアにて、バレエファンの間だけでなくイギリス中のホットな話題となった注目作。原作はもちろんルイス・キャロルによる言葉遊びがいっぱいのナンセンスな童話で、ディズニーのアニメーション映画でも有名な作品である。

『不思議の国のアリス』02

【あらすじ】
主人公のアリスは原作より少し年上の設定で、庭師のジャックに恋をしている。アリスはジャックにジャム・タルトをプレゼントするが、アリスの母はジャックがタルトを盗んだと誤解してジャックをクビにしてしまい、アリスはショックを受ける。何とかジャックを助けたいと思い悩むアリスの前で、パーティに来ていた両親の友人ルイス・キャロルが白ウサギに変身し、アリスはびっくり。白ウサギと共に迷い込んだ不思議の国で、アリスは様々な冒険を繰り広げる・・・。

この作品がイギリスを始め世界中で大成功した理由は、振付家ウィールドンによると「エンターテインメントだから」。トニー賞受賞の名匠ボブ・クロウリーが美術を手がけたステージは明るくカラフルでポップ、使われる映像や照明も現代的。テレビや映画、オペラ音楽も創っているジョビー・タルボットが音楽を書き下ろしているが、こちらも明るく、表現力豊か。不思議の国には白ウサギを始めとして、イモ虫やマッドハッター、巨大パペットのチェシャ猫など、ワクワクするようなキャラクターたちが登場する。

『不思議の国のアリス』03

去る9月24日(月・祝)に公開リハーサルが行われ、4人のダンサーが新国立劇場中劇場のステージ上で本国イギリスから派遣された2名の振付指導者によるレッスンの様子を見せてくれた。まずファースト・アーティストの宇賀大将による、不思議の国ではイモ虫に変身してしまう中東からのお客様の踊り。これは『くるみ割り人形』のアラビアの踊りへのオマージュということで、アラビア風の身体をくねらせるような踊りがイモ虫の身体をくねらせる動きにもなっていて、不思議でコミカル、いくらかセクシーでもある踊りを、宇賀が若々しさと共に見せてくれた。

後半にはアリス役のプリンシパル、米沢唯が合流。持ち前の明るく軽快で、体中から喜びが溢れるような踊りは若く、恋をしていて、不思議の世界に迷い込んでしまう主人公アリスにぴったりだ。ほとんどの役はダブルキャストで、もう一人のアリス役は同じくプリンシパルの小野絢子。1回しか見られないなら、どちらを見るか大いに悩むところだろう。とはいえ実力も熱意もある新国立劇場バレエ団が「素晴らしい『不思議の国のアリス』を踊ってくれるだろう」ことは振付のウィールドンのお墨付きなので、どのキャストの回を見ても楽しめること請け合いだ。

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イモ虫が退場すると、ルイス・キャロル/白ウサギ役のソリスト、木下嘉人が登場。時計を見て焦っている白ウサギを見て大喜びのアリスから何とか逃れようとする白ウサギの、軽妙で楽しいシーン。音楽はバレエ団のリハーサルピアニスト飯野珠美によって演奏されたが、ピアノだけでも怪しいアラビア風の雰囲気を醸し出したり、楽しかったり焦ったり、実に表現力豊かな音楽で、本番のオーケストラによる演奏が楽しみである。

最後に登場したのは庭師のジャック/ハートのジャック役のファースト・ソリスト、渡邊峻郁。米沢、木下、渡邊の3人で、持っているとハートの女王にクビを刎ねられてしまうかもしれないタルトを押しつけあうコミカルな踊り、そして米沢と渡邊のロマンチックな踊りが繰り広げられる。こんなに優しく思いあっている二人がうまくいかないはずがない、と思わせてくれる美しい踊りだった。

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リハーサルの後には短い質疑応答があった。世界中のバレエ団でウィールドン作品を指導している二人(ジャクリーン・バレット、ジェイソン・ファウラー)は新国立劇場バレエ団の印象について「振付を憶えるのがとても速くて正確な上に、きちんと予習復習してくれるので、どんどん役をふくらませていける」とダンサーたちを讃えた。

またこの演目について米沢は「公開リハーサルを見てわかっていただけたかと思いますが、ダンサー一人一人に愛を持って、細かいところまで丁寧に根気良く指導していただいて『もっともっと上手になれる』と思わせてくれるリハーサルをしています。役柄については、ステップもとても難しくほとんど出ずっぱりで全く気を抜けない大きな役で、とてもやりがいを感じています。この役をいただけて幸せだと毎日思っていて、舞台に上がるのがとても楽しみです」とコメント。

『不思議の国のアリス』06

渡邊も「(振付指導の)お二人はダンサーそれぞれのクセなどを理解して、もっとこうしたら、と指導してくださいます。踊りはすごく難しくて、チャレンジングでやりがいがある。毎日楽しくて、充実しています」と答えた。

作品の魅力について、米沢は「カンパニーの底力が試される作品だと思います。全員が全力で踊らないとこの作品は成り立たない。どの役も難しいのに、リハーサル中はみんな笑顔が輝いていて、全員がこの作品を愛していると感じる。それがこの作品の力なのだと思います。個人的に好きなシーンは『アリス・アローン』というソロのシーンで、後ろに『Who am I?』という言葉が出て、誰もが持っている『私は誰なんだろう?』という疑問をアリスが踊るんです。この場面はとても大切に踊りたいと思っています」と、すてきな見どころを教えてくれた。

ウィールドン振付『不思議の国のアリス』開幕まであと少し。あのワクワクさせられるリハーサルを見てしまったら、1ヶ月がとても待ちきれない。

『不思議の国のアリス』07

新国立劇場バレエ団によるクリストファー・ウィールドン振付『不思議の国のアリス』は、11月2日(金)から11月11日(日)まで東京・新国立劇場 オペラパレスにて上演される。

【特設サイト】https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/alice/

(取材・文/月島ゆみ、写真/オフィシャル提供)

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