森田剛、宮沢りえらがずぶ濡れで愛を叫ぶ、蜷川幸雄・追悼公演『ビニールの城』観劇レポート


2016年8月6日(土)、芸術監督 蜷川幸雄・追悼公演『ビニールの城』が東京・Bunkamuraシアターコクーンにて幕を開けた。出演陣には森田剛、宮沢りえ、荒川良々をはじめとした実力派俳優が揃う。キャスティングは蜷川幸雄氏が行い、病室にも台本を持ち込み、上演への意欲を燃やしていたという。美しく切ない男女の三角関係を描いた本作は、8月29日(月)まで上演され、熱い夏を駆け抜ける。

『ビニールの城』観劇レポート_2

「幕開き3分勝負」との蜷川氏の言葉に沿うように、開演後まもなく、音楽、美術、照明、役者、すべての力が観客を一気に物語へ引きずり込む。

森田が演じる腹話術師の朝顔は、8ヶ月前に別れた相棒・腹話術人形の夕顔を探している。黒髪、黒いジャケットとズボンに、白いシャツとスニーカー。小奇麗な格好をしているが、無精ひげと口の中でぼそぼそと喋るうつむき加減な話し方が、生身の人と関われず人形とばかり過ごしてきた青年をよく表している。しかし、他人とコミュニケーションが取れないわけでもなく、気遣いを見せたり酒を煽ったり水の中で乱闘したりと、一人の人間としての体温が感じられる。長く詩的な台詞を淡々とながら確実に観客のもとに届ける森田は、俳優として蜷川氏に愛されたのもよく頷ける。相棒の夕顔を探し「ゆうちゃん・・・」と声を震わせる切実さが胸に迫った。また、いっこく堂に指導してもらったという腹話術も見どころだ。

宮沢演じるモモは、以前、朝顔の隣の部屋に住んでいたという。荒川演じる夕一と結婚しつつも朝顔を思い続け、追いすがる。赤い長靴に赤ん坊を背負った姿は、まるで苦労や不幸を背負っているようにも見える。どこか堕落した雰囲気をまといながらも、聖女のような透明感を放つ宮沢は、思わず手を差し伸べたくなる危うさだ。時にビニールを被り窒息しかけたりしながら、「助けて、ビニールの中で苦しいあたしを!」と叫ぶモモ。物語の中でさまざまな形で登場するビニールとはいったい何なのか、観客の想像力が刺激される。

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その二人と三角関係になるのが夕一。モモを愛する誠実さを持ちつつ、その愛ゆえに狂気の表情も見せる。一見朴訥だが思いきりのいい荒川の演技だからこそ、夕一の一途な実直さが物悲しい。

誰もが誰かをまっすぐに求め、その愛を得るために悲痛な叫びを上げる。彼らの切実さが、淋しくも美しい。

この戯曲は唐十郎が劇団第七病棟に書き下ろした作品で、1985年に初演されている。唐十郎といえば、アングラ演劇(アンダーグラウンド演劇)の原風景を創り出したとも言われるほどの存在で、蜷川氏とも親交が深い。初演は、森田と宮沢の役を石橋蓮司と緑魔子が演じ、今でも傑作との呼び声が高い作品だ。今回も初演と同じように、水を張った舞台の中を役者が走りまわるなど、30年前の『ビニールの城』の世界観が蘇る。

演出を手がける金守珍(キム・スジン/劇団「新宿梁山泊」主宰)は、「蜷川さんはこうしたかったであろうとイメージし」、胸を張れる舞台を創ったとのこと。唐十郎と蜷川氏の両者を師とし、二人の舞台に何度も立ち続けた金だからこそ、演出を引き継げたのだろう。役者としても出演しており、舞台上でも本作を支えている。

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60年代以降、演劇界を席巻したアングラ演劇。当時20~30代の唐十郎、寺山修司、佐藤信、鈴木忠志、そして蜷川氏が駆け抜けた時代の熱風が、客席後ろまで吹き付けていた。

キャストとスタッフが共に創りあげた舞台から立ち上る熱気は、蜷川氏へ届けようという魂の叫びのようにも感じられた。

また、公演期間中の劇場ロビーでは、シアターコクーン芸術監督でもあった蜷川氏が過去に同劇場で上演した舞台の写真が展示されている。アングラ演劇から商業演劇へと活動の場を移してもアングラの心を忘れなかったと言われる蜷川氏。演劇そのものを愛した演出家の軌跡を感じられる展示会は、8月11日(木・祝)と8月18日(木)の2日間に限っては、公演チケットを持っていない方も無料で見学できるそうだ(11:00入場開始、14:45最終入場、15:00終了)。

芸術監督 蜷川幸雄・追悼公演『ビニールの城』は、8月29日(日)まで東京・Bunkamuraシアターコクーンにて上演。

(取材・文・撮影/河野桃子)

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