演出・長塚圭史、田中哲司×原田夏希による葛河思潮社 第五回公演『浮標』開幕


2016年8月4日(木)、神奈川・KAAT神奈川芸術劇場<大スタジオ>にて、葛河思潮社 第五回公演『浮標』が開幕した。本作は、1940年に初演された三好十郎の傑作戯曲。葛河思潮社としては、2011年に旗揚げ公演として上演後、2012年に再演、今回で三度目の挑戦となる。葛河思潮社は、劇作家・演出家・俳優の長塚圭史が演劇のさらなる可能性を探るべく立ち上げたソロプロジェクトで、自身の作品にこだわらず、日本の既存の戯曲や海外からの翻訳戯曲、さらには原作小説からの戯曲化など、あらゆる素材から演劇作品を創り出している。

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時は、泥沼の日中戦争の影が忍び寄る1930年代、夏も終わりの千葉市郊外の海岸が舞台となる。洋画家の久我五郎(田中哲司)は結核を患う妻・美緒(原田夏希)の看病に明け暮れている。生活の困窮、画壇からの圧力、不動産の譲渡を迫る家族・・・など苦境の中で妻の病気は悪化していく。戦地へ赴く親友の訪問を受けた数日後、献身むなしく美緒の容態が急変。その枕元で、五郎は必死に万葉の歌を詠み上げる・・・・・・。

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まず目に飛び込むのは舞台セットだ。海岸の浜辺を表現する白い砂が舞台上に敷き詰められ、その両端に椅子が並べられており、そのシーンに登場しない役者たちが座って舞台を見つめている。家の中のシーンなど、すべての場面がその砂の上で演じられ、その具象的ではなく抽象的でシンプルなセットが想像力を強く揺さぶり、役者たちの力強い演技により巻き上がる砂が目と心に印象付けられる。

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当時は不治の病である結核を患って死にゆく妻を無力にも看病し続け、心も体も疲れを見せる五郎。その妻に対して見せる愛情と悲しみ、そして焦燥。また、一度離れた画壇に戻ってくるように説得しに来る金貸し、妻の病状の現実を突き付ける医学師、それらとのやり取りで五郎は暴力的とも言える激しい感情を吐露する。五郎を第一回公演から演じる田中は、妻の死を前に「生きるとは何か」を言葉にしようともがき苦しみ、夫として、芸術家として苦悩し、海に浮かぶ浮標の如く心を揺れ動かす姿を見事に演じている。

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第一回公演では藤谷美紀、第二回公演では松雪泰子が演じた美緒役の原田は、看病を手伝う小母さんとの滑稽なやり取り、財産分与を目当てに見舞いに来る家族との対立、絵を描くことをやめてしまった五郎への心配と愛情を、悲しさと儚さをもって表現している。

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妻の死と向き合うことで、五郎が見せる生への執着。夫が妻を看病する単純な話でありながら、そこが逆に生と死に向き合えるのかもしれない。そしてラストの、美緒のために万葉集を読み続ける五郎の姿と、舞台の両端から黙々と見つめる役者たち。その張り詰めた空気は上演終了後も心に余韻を残し続ける。

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1930年代を舞台とした芝居でありながら、現代人の心に染み入るセリフの数々。休憩2回を挟み4時間という上演時間にも関わらず、その長さを感じさせない作品だ。ぜひ劇場に足を運んで、三好十郎の言葉と、役者との濃い時間を劇場という空間で共有して欲しい。

葛河思潮社 第五回公演『浮標』は、8月7日(日)まで神奈川・KAAT神奈川芸術劇場<大スタジオ>にて上演。その後、愛知、兵庫、三重、福岡、佐賀、東京にて公演が行われる。日程の詳細は、以下のとおり。

【神奈川公演】8月4日(木)~8月7日(日) KAAT神奈川芸術劇場<大スタジオ>
【愛知公演】8月11日(木・祝) 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
【兵庫公演】8月13日(土)・8月14日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
【三重公演】8月20日(土)・8月21日(日) 四日市地域総合会館 あさけプラザホール
【福岡公演】8月28日(日) 北九州芸術劇場 大ホール
【佐賀公演】8月30日(火) 佐賀市文化会館 中ホール
【東京公演】9月2日(金)~9月4日(日) 世田谷パブリックシアター

(取材/櫻井宏充)

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