日本中の大人たちに見てもらいたい― ただの「少年の成長物語」ではない『ビリー・エリオット ~リトル・ダンサー~』の魅力


ミュージカル『ビリー・エリオット ~リトル・ダンサー~』がこの夏、ついに日本初演。世界最高のクリエイター陣、全世界で80以上の演劇賞を受賞・・・・・・こんな言葉だけでは語りつくせない魅力を持っているのが『ビリー・エリオット』なのだ。ウェストエンドとブロードウェイで『ビリー・エリオット』を見た筆者が作品の魅力を語る。

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2005年秋、私はなんとか手に入れたチケットを握りしめて、ロンドン・ビクトリアパレス劇場に向かった。『ビリー・エリオット』の人気はすさまじく、私が買えたのは3階席のてっぺん。びっしり埋まった客席はまさに老若男女が集い、「あの『ビリー・エリオット』が見られる」という高揚感にあふれていた。はるか彼方の天井桟敷から見下ろした舞台に、私は瞬く間に魅了された。

リアルな人間が物語に息づく

『ビリー・エリオット ~リトル・ダンサー~』_2

元となる映画版ももちろん見ていたが、まず驚いたのがオープニングシーンだ。この作品の舞台はサッチャー政権下の1984年。炭鉱不況にあえぐ中、炭鉱夫たちがストライキに突入する様が力強い歌声とリアルな姿で描かれている。

「ミュージカル化されるってことは、少年のサクセスストーリーになるんでしょ?」という甘い予想を打ち砕くような、炭鉱夫たちのリアリティあふれる姿に圧倒された。しかし、舞台を見続けていくうちに、およそミュージカルの世界とはかけ離れている炭鉱で炭鉱夫たちの生活感ある姿を持って描きながら、それが実に自然に歌と踊りにつながっていくことに気づく。炭鉱夫が、警官隊が歌い踊っていても何の違和感もないのだ。それは、感情の流れがそのまま、歌や踊りになっているから。ここが映画版の監督でもある演出のスティーヴン・ダルドリーがこだわって作ったところなのだろう。

中でも一番リアルに描かれているのがビリーのお父さんだ。炭鉱夫であるお父さんは自分なりの信念を持って、息子にボクシングを習わせているが、自分に内緒でバレエを習い始めたビリーのことが理解できない。しかし、真剣にバレエを目指すビリーに触れることでお父さんは少しずつ変わっていく。いかにも炭鉱の男という無骨な佇まいに、息子への思いがにじむ。お父さん自身の人生がそのまま映し出されたような歌声。真実味にあふれるお父さんの姿が深い共感を呼んだ。

スティーヴン・ダルドリーの演出とエルトン・ジョンの音楽

『ビリー・エリオット ~リトル・ダンサー~』_3

舞台演出家であり、映画監督でもあるスティーヴン・ダルドリー。ロンドンオリンピックの開会式、閉会式の総合プロデューサーを務めたイギリスを代表する演出家の一人である。元々は舞台演出からスタートし、初めての映画監督作品が本作の原作となる『リトル・ダンサー』(原題『Billy Elliot』)だった。

『ビリー・エリオット』で特徴的なのは「マッシュ・アップ」スタイルともいうべき独自の演出方法だ。2つの異なるシチュエーションを重ね合わせ、歌とダンスで一つのシーンに仕立て上げる。炭鉱夫と警官隊の衝突と、ビリーと少女たちがバレエのレッスンをする教室とを時空を超えてオーバーラップさせた「Solidarity」のシーンの鮮やかな興奮が今も胸に蘇る。

しかもスティーヴン・ダルドリーはリアルな炭鉱夫たちの世界をエンターテインメントに昇華させる。シリアスな展開の後にはくすっと笑えるシーンも歓声を上げたいほど盛り上がるシーンもあり、親子の情愛に涙する場面も、舞台全体を使ったダイナミックなダンスシーンもあるのだ。バラエティに富んだ展開をしっかりと一つのテイストにまとめ上げたのが演出家の手腕で、それは作品の持つメッセージ性をしっかり伝えるという芯の部分がしっかりしているからだと見た。

そして、音楽はエルトン・ジョン。「僕の歌は君の歌」やダイアナ元妃に捧げる「キャンドル・イン・ザ・ウィンド」など数々のヒット曲で知られるシンガー・ソング・ライターだが、『ライオンキング』や『アイーダ』とミュージカルでも大きな功績を上げている。『ビリー・エリオット』の魅力は多彩でキャッチーな音楽。炭鉱夫たちの地に足がついている世界観をミュージカルに飛翔させるのは、エルトン・ジョンの力強く創造力にあふれた音楽の力があってこそ。物語のストーリー性を音で語り、ドラマを生き生きと彩った。

主人公ビリー・エリオットの魅力

『ビリー・エリオット ~リトル・ダンサー~』_4

炭鉱町の少年ビリーが偶然バレエ教師のウィルキンソン先生と出会ったことをきっかけに、バレエを志す。自分の夢を叶えるためにひたむきに歩み続けるビリーがこの作品の核だ。

一番初めはまったくバレエを知らないビリーがバレエを始め、素晴らしいダンスが踊れるようになるまでの成長過程が実際に舞台上で演じられる。「えっ、この子がバレエ?」というところからの成長の過程を、舞台では実際に目の当たりにすることができる。だから、観客も手に汗を握りながら次第に「頑張れ、ビリー!」という気持ちになっていくのだ。

しかも、映画版のビリーが踊るのはバレエのみだが、舞台版はバレエのほか、タップ、ジャズダンス、歌など、様々なものを完璧にこなさないといけない。

1幕ラストの「Angry Dance」で、抑圧をはねのけるように踊るダンスシーンのパワーには圧倒される。

では、どうして私たちはビリーに惹かれるのか?

2幕後半で「踊っているとき、どんな気持ち?」と聞かれたビリーは「踊っているとき、僕は自由だ」と答える。これに続くナンバー「Electricity」で、何物にもとらわれず、自由になりたいという思いがそのままダンスになる。
「自分らしくありたい」という誰もが抱く思い。それを体現して踊るビリーに、観客の私は一番に心揺さぶられた。そして、それは舞台上の大人たちも同じこと。斜陽産業である炭鉱で働くお父さん。小さいバレエ教室で町の少女たちに教えていたウィルキンソン先生。そして、ビリーの兄や炭鉱夫たちも、自由を求めて踊るビリーに触れることで変わっていく。

『ビリー・エリオット』は単なる少年の成長物語ではない。自由を求めて羽ばたくビリーの魂の躍動に触れて、大人たちは自分自身の過去を振り返る。そして皆がビリーに希望を託し、では自分はどう生きるかを考える。そう、『ビリー・エリオット』はビリーを見つめる大人たち、つまり私たちの物語なのだ。

日本版『ビリー・エリオット』への期待

『ビリー・エリオット ~リトル・ダンサー~』_5

イギリスでの初演から12年。ついに満を持して、日本版『ビリー・エリオット』が上演される。世界から高い評価を受けた作品だけに日本版上演の希望が数多く寄せられながら今まで実現しなかったのは、ビリー役を演じる少年たちを発見し、育成するのが困難を極めるからだ。

ビリーに望まれるのはダンス、歌、演技などの技術そして「自分がビリーになるんだ」という強い思い。ロンドンの初演で選ばれた少年たちは舞台に上がるまでに1年間レッスンを積んだ。ウェストエンド、ブロードウェイに匹敵する舞台を見せるためには、ビリー役を育てるのに同等の時間がかかる。日本の演劇史上では全く例がないことだけに、上演は無理か・・・・・・と諦めかけていた矢先に、日本版上演が決定したのだ。

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2015年11月に始まったビリー役のオーディション。異例の1年にわたる育成型のオーディションでは、世界的バレエダンサーの熊川哲也が主宰するKバレエスクール、映画『座頭市』などで知られるHIDEBOHが主宰するHiguchi Dance Studio、コナミスポーツクラブという強力な布陣の下、ビリー役候補の少年たちはレッスンを積んだ。そして、応募総数1346名から選ばれたのが、加藤航世、木村咲哉、前田晴翔、未来和樹の4人だ。ビリー役に決定した直後の会見から、制作発表記者会見で「Electricity」のパフォーマンスを披露するまでの約2ヶ月の間にも大きく成長したのを感じさせられた。「自分だけにしか見せられないビリーを演じたい」と強い意気込みを持って切磋琢磨し合う様子が頼もしい。

日本の初代ビリーがステージでどんな姿を見せるのか。彼らの魂の躍動に触れて、私たちは何を感じるのか。期待は高まるばかりだ。

◆ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』公演情報
7月25日(火)~10月1日(日) 東京・TBS赤坂ACTシアター
(※7月19日(水)~7月23日(日)プレビュー公演)
10月15日(日)~11月4日(土) 大阪・梅田芸術劇場 メインホール

☆公式サイトはこちら
https://billyjapan.com/

PHOTOS OF LONDON PRODUCTION BY ALASTAIR MUIR

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