衛星劇場にて8月放送『家庭内失踪』岩松了にインタビュー!あの女優が世間を騙した!?


2016年春に全国11ヶ所で公演された『家庭内失踪』が、8月14日(日)と8月26日(金)にCSチャンネル衛星劇場にて放送される。1989年に岸田國士戯曲賞を受賞した『蒲団と達磨』のその後を描いた本作では、小泉今日子と風間杜生が倦怠期の夫婦を演じて話題になった。本作の作・演出を務め、人間のさまざまなすれ違いを描いてきた岩松了に、悲しさと可笑しみ溢れる岩松的ホームドラマと演劇の映像放送について話を聞いた。

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――『家庭内失踪』を書いたきっかけはなんですか?

約30年前の『蒲団と達磨』という作品の後日談を書きたいと思っていたのがもとになっていますね。『蒲団と達磨』は、妻が夫の性的な欲求が耐え難くて別居を申し出る・・・という話だったんです。だから今作では、年月が経って、もう旦那の方が性欲を意のままにできない状況になっていて妻が勝ち誇る話を書きたいな、と。そして、その話と平行するように「ウェイクフィールド」というアメリカの短編小説のエピソードを混ぜました。「ウェイクフィールド」は、ある男が「仕事に出かける」と出て行ったまま帰ってこず、自分の家のすぐ近くに家を借りて20年暮らす話なんです。気づかれないように、こっそり自分の女房の動向を見ているわけですよ。10年目くらいには街ですれ違うこともあるんだけど、もう旦那は死んだことになっているから気づかれなくて・・・・・・みたいな短編小説です。これは僕が演じた望月という役の設定にそのまま使いました。

――出演しながら演出もするのは大変じゃないですか?

稽古では代役の人がいるので、客観的に観ています。でも実際に舞台に立つと、いろんなプレッシャーがありますね・・・・・・。台詞を間違えたら相手に悪いな、なんて考えてしまって緊張しました。もともとは他の方に出演をオファーしていたのですが、スケジュールが合わなかったので自分で演じることになってしまって・・・・・・だから、かなり面白いキャラクターなのに僕がやるのはちょっと申し訳ないなと。まあ、しょうがないですね(笑)。

『家庭内失踪』岩松了インタビュー_3

――『家庭内失踪』というタイトルには、どんな思いが込められているんですか?

風間杜生さんと小泉今日子さんの演じる夫婦は、互いに複雑な思いはあるにしろ、ごく普通の夫婦に見えます。けれど旦那である風間さんは、世間的には失踪したことになっている男を友達として家に呼んで普通に喋っている。それは、一見普通に見える夫婦だけれど、旦那の心の中には姿をくらますことに対して親近感があるからだろうということで、“家庭内暴力”という単語をもじって『家庭内失踪』にしました。

――今作では、家庭の中で起こるさまざまなすれ違いが描かれていますね。

人間って“違和感”に刺激を感じているんですよ。恋人や夫婦も、熱烈な恋愛時代が終わると、互いが違う人間だということに面白みを感じていく。異なる人間だからこそ、すれ違いが生まれた時や、その場に相手がいない時に、人間ドラマがあるような気がするんです。

特に夫婦になると、面白いことに3往復以上の会話がなかったり、一緒にいるのに3日も相手を見ない・・・・・・なんてことがあったりします。それって、毎日顔を突き合わせていたら疲れるからコミュニケーションを減らそうっていう、人間の自然な知恵だと思うんですよ。でも、それでコミュニケーション不足になってすれ違いが生まれるというところに、人間の「賢さゆえの愚かさ」みたいなものがあると思います。

――舞台セットも、より人々のすれ違いを浮き立たせていました。

リビングと寝室の2ヵ所がある舞台というのは初めから決めていました。まったく違う二つの部屋は、廊下で区切られている。廊下で喋っている言葉は、どちらの部屋にも属さず抽象的なんです。しかも部屋が廊下で区切られていることによって、それぞれの部屋が映画のフィルムのように見えるんです。そのことに劇場に入ってから気づいて、急いで美術さんに「天井にフィルムの形を作ってくれる?」とお願いしました。だから舞台装置が左右にスライドするたびに、フィルムが流れるみたいな感じになるんです。また、大きな舞台装置が舞台袖にすっぽり隠れてしまうので、観ている方は「劇場って実はこんなに広いんだ」と感じると思いますよ。

『家庭内失踪』岩松了インタビュー_4

――小泉今日子さんが演じた役も、「普通なんだけどちょっと怖い」と話題になりましたね。

キョンキョン(小泉今日子)とは何作もご一緒しましたけど、初めて一般的な家庭の奥さんを演じてもらったんです。彼女はずっとアイドルだったから、多くの人が彼女にいろんなイメージを抱いていたし、僕自身も、今年の12月に上演する『シブヤから遠く離れて』という芝居では、“マリー”という象徴的な女性の役を彼女に演じてもらいます。でも、『家庭内失踪』では普通の人間を演じてもらいました。そしたらとても頼もしくて、“小泉今日子”という一人の女として、「あっ、いいじゃん!」って感じたんです。

彼女が演じた雪子という役について、お客さんから「ちょっと変な色気があるよね」「若い男をたぶらかす感じだよね」という感想が聞こえてきました。本人はそういう人じゃないんだけど、お客さんにそう感じてもらえたということは女優として世間を騙せたんだなと思うと、僕としては「してやったり」です(笑)。

――役者さんのちょっとした動きから登場人物たちの関係が見えてきますが、こうした動きは細かく演出されるんですか?

僕は演出家として「こういうふうに動いて」と指定しない方だと思います。そもそも、あまりいろんな動きをしない役者さんが好きなんです。というのも、動きや表現をしなくなるほど人物がより見えてくると思うんですよ。僕のやりたいことは、なんの問題もなさそうに見えて実は問題があった・・・・・・という表現なので、なるべく役者の大きな演技や表現は少なくしていきたいんです。

だから稽古場では、役者と「ここはこうしよう」と議論したりはしません。とにかく何回も稽古を繰り返すことによって角を取っていく。これはよく言うことなんですけど、「あなたお帰りなさい。お風呂にする?食事にする?」という台詞を200回やってごらんなさい、と。200回もそれだけをやっていると言葉の持つ意味なんてどうでもよくなってくるんです。でも、どうしてもお互いの存在だけはどうでもよくならず、残っている。そこまで削ぎ落とされた状態になりたいから、何もやらない役者さんの方が好きなんですよね。風間さんはそういうタイプの役者さんで、余計なことはしない。役者全員がそういう状態になることによって、“表現しない面白さ”が見えてきます。

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――言葉の持つ意味が削ぎ落とされているから、岩松さんの作品の魅力である「喋っていることが本心かどうかわからない」というズレが生まれるのでしょうか。

まあ、言葉も行動も、本当か嘘かわかりませんからね。ただ、相手の思いを知るための大きなヒントにはなります。日常でも、本心かわからないんだけれど、相手の言葉や行動をヒントに気持ちを探ろうとしますよね。

――そこで生じるズレが、会話劇の面白さかもしれません。まさにモノローグ(独白)とは真逆ですね。

一人で喋る独白って、自分の中で考えたことだから、ちょっとだけ“嘘”や“本当”という概念から逃れているような気がします。僕の芝居は基本的に会話劇だけど、『家庭内失踪』では少しだけ一人語りをするシーンがあるんです。演劇っていろんなものがあって良いから、会話劇も面白いし、独白を聞きたいと思うこともある。時々、シェイクスピアみたいな「あたり一面、夏の気に溢れている、一族のうえに低く垂れこめていた暗雲も、今は海の底ふかく追いやられてしまった・・・」みたいな独白とか、ちょっと聞きたいかな~なんて(笑)。でも、観客が「独白も聞いてみたいなあ」という生理的な欲求があるのと同時に、創っている方には「このシーンは会話劇じゃなくて突き抜けるような独白を挟むといいだろう」という演出的な欲求があるんですけどね。

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――8月に『家庭内失踪』が衛星劇場で放送されますが、これはいつ撮影された公演なんでしょう?

公演期間の真ん中くらいかなあ。その撮影日、僕、芝居中に吹いちゃったんじゃないかなあってずっと気になってるんですよ!たぶん風間さんとのシーンでなぜか可笑しくなっちゃって・・・それ、演出じゃないんですよね・・・放送されるのかなあ・・・・・・。

――岩松さんが吹き出すシーンがあるのか、楽しみです(笑)。よく「舞台は生モノ」と言われますが、映像として放送されることについてはいかがでしょう?

舞台の映像を観ても“演劇を味わう”ことにはならないでしょう。しかし、僕が生まれ育った長崎県では、東京や大阪ほど簡単に演劇が観られないんです。そういう人たちにとっては、まず「舞台ってこういうものか」と知ってもらえるきっかけにもなるでしょう。芝居が気軽に観られない土地に住む15歳の中学生が、テレビで観た舞台中継に非常に影響を受けた・・・なんてことも、きっとあるはずなんですよ。

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劇場で観られなかった公演を、食い入るようにテレビの前で観た(私自身そんな高校生だった)・・・・・・そんな方にも届けばいいな、と岩松氏は語った。映像だからこそ届く演劇、映像ならではの演劇が、きっとある。劇場には足を運んでいない方も、すでに公演を観られた方にも、楽しんでいただきたい。

◆岩松了プロフィール
劇作家、演出家、俳優、映画監督。長崎県出身。オンシアター自由劇場、東京乾電池を経て、現在、鈍牛倶楽部所属。1980年代後半から頭角をあらわし、1989年『蒲団と達磨』で岸田國士戯曲賞受賞、1993年に紀伊國屋演劇賞個人賞受賞、1998年『テレビ・デイズ』で読売文学賞受賞。1990年代からはテレビドラマや映画の脚本家・監督としても活躍し、2009年より兵庫県立ピッコロ劇団の代表を務めている。

『家庭内失踪』

☆衛星劇場『家庭内失踪』放送情報
8月14日(日)16:15~
8月26日(金)7:30~

公式サイトはこちら
https://www.eigeki.com/special/theater

岩松了 インタビュー写真:田村秀夫(ADMission)
『家庭内失踪』舞台写真:柴田和彦/宣伝写真:三浦憲治

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