二兎社『書く女』永井愛と黒木華にインタビュー!「不思議で深い“樋口一葉”に挑みます」


2006年の初演時には大きな話題を呼び、数々の演劇賞を受賞した二兎社『書く女』。本作がキャストを一新し、2016年1月から待望の再演を果たす。明治の世を生き24歳でその生涯を閉じた樋口一葉。日本初の女性職業作家として多くの小説を発表した一葉の素顔とは一体どんなものだったのか…。作・演出の永井愛と、樋口一葉(夏子)を演じる黒木華に話を聞いた。

『書く女』インタビュー

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――『書く女』、約10年振りの再演です。

永井:しばらく寝かせておいた作品ですが、丁度良い発酵がなされた今、上演出来ればと思いました。以前から再演したい気持ちはあったのですが、「この人だ!」と一葉役を託せる方が見つからなくて。そんな中、ダメもとで黒木さんにお願いしたら引き受けて下さったんです。

黒木:お話を伺った時はすごく嬉しかったです。台本を読む前は樋口一葉に対しての知識もさほどなかったのですが、いろいろ調べてみると、学校を途中でやめていたり、かなりの回数引越しをしていたりと、女性が自分の思うままに生きられない時代だったにも拘らず、アグレッシブに夢に向かって動いている人なのだと改めて思いました。これから彼女と深く付き合っていくのがとても楽しみです。

――ご自身と一葉とを繋ぐ“糸”は見つかりましたか?

黒木:先ほど永井さんがおっしゃって下さった言葉がとても胸に響きました。一見静かに見えるけれど、内には熱い思いを抱えているとか、少しシニカルなところもあるとか…そういう点は一葉と私との共通点かもしれません。私も演劇やお芝居に対しての情熱は誰にも負けないつもりです。

――永井さんは1995年以来、劇作と演出に専念なさっていますが、それには何か転機があったのでしょうか。

永井:私は元々役者志望だったので、二兎社では出演もしながら演出する事にこだわってやっていたんですけど、ある時「このままじゃ役者としての成長はないな」と思ったんです。人にはいろいろ注文をつけながら、自分の演技は客観的に見ることができないから、限りなく自分に甘くなってしまうんですよ(笑)。

黒木:そういうものですか?

永井:自分の役は代役に立ってもらい、それを見ながら演出する方法をとっていたんですが、自分の稽古が不足した分、いつの間にか頭で考えただけのつまらない演技をするようになっていると気付いて。それで95年の『パパのデモクラシー』初演の時から、作・演出に専念するようになりました。劇場に舞台装置が組まれて、場当たりをするために出演者がわぁっと舞台に上がっていく瞬間を演出席で見ていた時は寂しかったですね。「ああ、皆は夢の世界に入っていくのに、私だけはここに残るんだなあ」って。でもその寂しさは一回だけで、あとはすっと平気になりました。

『書く女』インタビュー_4

黒木:今、舞台に出演したいと思われたりはしませんか?

永井:自分で演出する場合は駄目ですね。誰かが役者として呼んで下さったら考えます(笑)。そう言えば、一時期、さいたまゴールドシアターのオーディションを受けようかとも思ったりね(笑)。そのパッションはありますよ!

黒木:それはちょっとすごいですね(笑)。永井さんの舞台姿、拝見したいです。

――ゴールドシアターのオーディションに永井さんがいらしたら蜷川さんも驚くかと(笑)。『書く女』の中にあった「厭う恋」という言葉がとても深く刺さりました。お二人にそんな恋の経験がありましたらぜひ。

永井:私の場合、全てが「厭う恋」でした(笑)。だからこうなっちゃったの(笑)!

黒木:「厭う恋」私も経験してみたいですね。

永井:いや、恋は厭わなくてもいいと思いますよ(笑)。

――「厭う恋」=嫌だ、駄目だと思いながらもその“沼”から逃れられない恋ですが、一葉の「厭う恋」の相手として出て来る半井桃水(なからい・とうすい)は“悪い男”ですよね。

黒木:危ない人により惹かれる気持ちは分かります。

永井:一葉は桃水に物凄くときめいたと思いますよ。

黒木:雪の日のエピソードもすごいと思いました。

永井:雪の日に家に来た一葉に、「良かったら泊まっていきなさい」って言うんですよね。

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――僕は他の所に行くからと。

永井:でもあれは「寒くないかい?」とか言って絶対戻って来ちゃうパターンですよ。悪い奴です(笑)。

――黒木さんは作品に出て来る男性達の中で誰が一番魅力的だと思いますか?

黒木:危ない男性って魅力的ですよね。

永井:私は馬場孤蝶と一緒になったら一葉は幸せになれたんじゃないかと思うんです。

黒木:永井さんご自身は登場人物の中で誰がお好きですか?

永井:私だったら…やっぱり桃水と緑雨に行っちゃいそうですね(笑)。

――それは“危ない男”のパターンAとBですね(笑)。

永井:そうですね、どう転んでも「厭う恋」に転がってしまうという(笑)。

黒木華と永井愛 ふたりの「25歳」

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――黒木さんはNODA・MAPでの舞台デビューから5年ですでに多くの作品に出演していらっしゃいます。

黒木:プロの女優として最初にチャンスを下さったのは野田秀樹さんでした。NODA・MAPに出させていただいたことは私にとっての大きな転機でしたね。栗山(民也)さんは、演出を受けていてとても気持ちが良くて…無意識のうちに一緒に山登りをして、いつの間にかてっぺんに連れて行っていただくような感覚でした。中屋敷(法仁)さんは少し変わっていて面白い方です。私は本当に周囲の方に恵まれているんだと思います。

永井さんは初めて女性の演出家としてご一緒させていただきますが、どんな風に作品を創っていかれるのか、どんなお稽古になるのかということも含めて今からとても楽しみです。

――黒木さんは現在25歳ですが、永井さんは25歳の時、どんな風に演劇と関わっていらしたのでしょう。

永井:その頃、一緒にやっていた大石静と自主公演をしようという話になって、お金を貯めるためにアルバイトをしていました。ある時、大衆演劇の公演に出演しないかという話が来たんです。10日間の現場だったんですけど、最初に歌謡ショーがあって、それからお芝居。なぎなたを持って「者ども、出合え――っ!」って舞台上を走ったり、長じゅばんを着て「きゃあー」って倒れたりしながら、エンディングではハッピにはちまき、足袋姿で歌うという。それがちょうど25,6歳の時でしょうか。黒木さんとは全く違う人生ですね(笑)。でもその頃は役者を続けていこうと必死になっていて、そのためにはお金を貯めないと、って。

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――大石さんも同じ舞台に?

永井:静は譜面が読めたので、オペラのキュー出しをバイトにしていました。私は10日間で10万円位もらえたのかな…当時の私には大金で、今にしたら50万円ぐらいもらった気分になって、ぼろ儲けだわ、なんて思っていて(笑)。でもその大衆演劇のアルバイト、実は違う人のピンチヒッターだったんです。

その公演には、東大出身の「福島はるみ」って女優さんが出演することになっていたらしいんですが、急遽出られなくなったから「福島はるみ」として舞台に出てくれって言われて。それで状況も良く分からないまま神戸の劇場に着いたら「東大出身女優・福島はるみ」って立派なのぼりまで立ってる訳ですよ。それで私、現場でずっと「福島さん」って呼ばれてたの(全員爆笑)。

しかも、事前に“神戸の紀伊國屋ホールに相当する劇場だから”って言われていたのに、実際はストリップ小屋で(笑)。楽屋にいるとストリッパーのおねえさんたちが故郷に残してきた子どもや夫に「おかあちゃん、頑張ってっから」なんて電話をしてるんです。そんな環境でつけまつげをバサバサさせながら大衆演劇のショーに出ていたら、劇場主の女性に気に入られて「福島さんはなかなか見どころがある。来年も是非出て欲しい」って(全員爆笑)。あの時はそれまでの価値観をすべてかなぐり捨ててやってましたね。

――黒木さんはなぜ女優の道を?

黒木:私は立派な志があったわけではなくて、本当は幼稚園の先生になろうと思っていたんです…子どもが大好きだったので。勉強もそんなに得意ではなかったんですけど、唯一褒められたのがお芝居だったんですね。それが嬉しくて、頑張れば両親にも認めて貰えるんじゃないかって。基本的には人見知りで、人が苦手だったんですが、自分と他者とを繋げてくれるのがお芝居なんだと気付いてからは、高校も演劇が盛んなところに進みました。

進学したのが高校演劇の全国大会でも常連校と言われる学校で、高校時代は夢中になって演劇部の活動に参加していました。ただ私たちの代は府大会までしか行けなかったんですけど。

永井:高校生の時にNODA・MAPのオーディションを受けたの?

黒木:それは大学生の時ですね。ずっと野田秀樹さんの舞台が好きで、野田さんが大阪でワークショップをやるという話を聞いて参加させていただきました。

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「樋口一葉」という不思議な存在

――永井さんが樋口一葉という作家を芯にして、戯曲を書こうと思われた理由を伺えますか。

永井:実は最初から樋口一葉という人に強い思い入れがあった訳ではないんです。以前、世田谷パブリックシアターでプログラム・ディレクターをしていらした松井憲太郎さんから、戯曲についていろいろ提案をしていただいていたんですが、自分が思いもよらない方向から“球”が飛んでくると、逆に扉が開くことがあるんですね。ある時「樋口一葉はどうですか?」と松井さんに言っていただいて、最初は「え?」って思ったんですけど、一葉の第一作となった『闇桜』を読んでみたら、俄然彼女について書く気になったんです。

黒木:それはどうしてですか?

永井:だって、酷かったんですよ、内容が。その小説を読んだだけでは、とてもそれを書いた人があの「樋口一葉」になるとは到底思えなくて。彼女が『たけくらべ』という傑作を書き始めるまでの約3年の間に何があったんだろう、どうしてこの人が“天才”になっていったんだろうと自分なりにいろいろ考えました。それが「樋口一葉」を書く動機になったんです。才能が開花していく過程を探ってみたいと。

彼女が死ぬ前に書いた最後の二作『裏紫』『われから』は作品としての出来はいまひとつなんですが、彼女は、新しい主題を見つけつつあったと思います。裕福な主婦の「心の闇」を描こうとするような。その先の展開が見たかったですね。

――では最後に黒木さんから『書く女』10年振りの再演を楽しみにしている方に向けて一言お願いします。

黒木:これからお稽古が始まってこの作品がどうなっていくのか、私自身もとてもわくわくしています。「樋口一葉=五千円札の人」そんなイメージでとどまっている方にもたくさんの発見がある舞台になると思いますので、ぜひ劇場に足をお運びください。お待ちしています!

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1991年以来、二兎社全作品の劇作と演出を手掛けてきた永井愛。真っ直ぐな眼差しで社会と個とを見据えた作品は時に厳しく、時にユーモアにあふれ、多くの観客から支持を得てきた。インタビュー時の語り口も本当に魅力的で、自らや作品について明るく言葉を繰り出す様子は最高にチャーミング。演劇界や関係者に彼女のファンが多い理由の一つが見えた気がした。

一方、主役の一葉を演じる黒木華は25歳。一葉がこの世を去ったのとほぼ同じ年齢でこの大役に挑む。内に燃える熱情を全て小説を書くことに注いだ一葉を「自分と共通点がある」と語る黒木がどう体現するのか…女たちの“化学反応”が今から楽しみだ。

◆二兎社公演40『書く女』◆
2016年1月21日(木)~1月31日(日) 世田谷パブリックシアター(東京・三軒茶屋)
2016年1月-2月
埼玉・愛知・岐阜・石川・山形・滋賀・兵庫・栃木・東京凱旋・広島・福岡での全国ツアー公演有

作・演出 永井愛
作曲・ピアノ演奏 林正樹

出演 黒木華  平岳大  木野花
朝倉あき 清水葉月 森岡光 早瀬英里奈 長尾純子
橋本淳 兼崎健太郎 山崎彬 古河耕史

[前売開始] 11月29日(日)10:00
詳しくは
https://www.nitosha.net/kakuonna2016/

撮影:高橋将志

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