舞台に軽トラ、油まみれ・・・『GS近松商店』鄭義信インタビュー「人間の生きるエネルギーを感じていただければ」


2006年の初演で、油飛び散る大胆な演出と、愛憎入り乱れるパワフルな舞台で話題をさらった『GS近松商店』。近松門左衛門の悲劇2作をモチーフにした今作は、主演に観月ありさを迎え、9月27日から大阪・新歌舞伎座の新開場五周年記念として再演される。作・演出は『ザ・寺山』や『焼肉ドラゴン』で演劇賞を総なめにし、映画界でも『愛を乞うひと』『血と骨』などで活躍する鄭義信。
今作の世界観を伺うと、生と性がほとばしる激しい作風に反して、柔らかな語り口と穏やかな笑顔で言葉を紡いだ。

鄭義信

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―― 2006年の初演は野外にテントを張っての上演でしたが、今回は新歌舞伎座ですね。ずいぶん場所が変わりますよね。
はい。前回は新宿の花園神社でテントで公演をしたので、お祭りみたいでした。けれど今回は、お芝居を中心に歌舞伎の荒事みたいなことをします。新歌舞伎座の舞台上に、軽トラックとオートバイと自転車を乗せる予定です。

―― 新歌舞伎座に軽トラですか!?
ほんとはね、歌舞伎をやっている場所に車を乗せたらすごく罰当たりなことなのかもしれないけど……そこに異質な物があるというダイナミック感は面白いなと思っています。また、ナマで和太鼓を叩いてもらおうと思って、東京打撃団の方も呼んでいるんです。

―― すごくパワフルな舞台になりそうですね!初演を観ている人でも、また違った楽しみ方ができそうです。
はい、全然違うと思いますよ。出演者の方々もバラエティに富んでいて、まったく違うので。
ラストも少し変えようと思っています。ストーリー自体は、近松門左衛門の『曾根崎心中』と『女殺油地獄』がベースになっているので大きく変わらないんですけれど、初演よりも脚本をちょっと整理しつつ、大胆に演出するつもりです。

鄭義信

―― 近松の『曾根崎心中』が初めて上演されたのは1703年、『女殺油地獄』は1721年です。300年前の作品を現代で上演することについてはどう思われますか?
それがですね、近松さんが描いた何百年も前の世界と現代では、あまり変わっていないんですよ。『曾根崎心中』ではお金の貸し借りが大きな要素として出てきますけれど、現在でもちょっとしたお金の事で揉めますよね。また『女殺油地獄』では人間の愛憎や孤独が描かれていて、300年前となにも変わらないんだなと驚きます。何百年も変わらない人間の営みを描いている近松さんに関心しましたよ。

―― 近松門左衛門といえば、もとは浄瑠璃の作家ですよね。
ええ。これらの作品は浄瑠璃でも歌舞伎でも上演されています。浄瑠璃の『曾根崎心中』を観ると、すごくエッチだなあって思いますよ。あるシーンで、主人公の徳兵衛が縁の下に隠れながら、恋人のお初の足元でよよよ…と泣き崩れるんですけれども、人形だけれどすごく色っぽくて。まあ僕が足フェチだからそう思うのかもしれないけど(笑)

―― たしかに近松の浄瑠璃には色気や哀愁が漂っていますよね。鄭さんの舞台と近松の浄瑠璃とでは、かなり違いますか?
舞台の場合は浄瑠璃と違って生身の人間が演じているので、舞台ならではの空気感を出したいなと思っています。
物語自体は、お金の貸し借りをしたり横領されたりと、流れは近松さんの原作を踏襲しています。けれど、たとえすでに誰もが知っている物語でも、お客さんは結末に至る過程や修羅場のシーンをすごく期待していると思うんです。『女殺油地獄』でいえば、油まみれの殺害シーンをみんな観たがるんですよ。なので今作のそのシーンでは、「すみませんが観月さん油まみれになってください」と(笑)そういったエンターテイメント性は大事にするつもりです。

―― 喜劇的な要素もかなりある、と。
はい、笑う所はいっぱいあります!
いつも真面目に書こうと思うんですけどね。「今度こそはギャグいっさいなしで悲劇に立ち向かおう!」としても、すぐめげるんですよ。関西育ちですから、真面目なシーンばかりだと息が詰まるというか、どうしても笑わせたくなってしまうんです。
また、今回はいろんなタイプの役者さんが集まってくれたので、群衆劇のような形で面白いものができればなと思っています。それぞれの人物たちが粒立っていければすごく面白いんじゃないかな。

鄭義信

―― 本当にいろんな個性の方々が集まりましたね!
小劇場からテレビの方まで、いろんなタイプの曲者たちが集まっているので、どういうふうに彼らとこの熱い夏を過ごそうかと楽しみです。
でも主役の方々とお仕事をするのは、今回がまったくの初めてなんですよ。主演の観月ありささんは「ぜひやりたい」と仰ってくださったので、「じゃあ一緒にやりましょう」と決まりました。すでにある観月さんのイメージとは違うものをお見せできればいいなと思っています。
また升毅さんは、3月に僕が作・演出した『カラフト伯父さん』に出ていただいたんです。それまではお互いになんとなく知っている程度の間柄だったんですが、今年になって急に2本も一緒にやるのは凄いねと話していますよ。升さんが舞台でどんな小ネタを披露するのか楽しみです。彼は小ネタが好きなんですよ、関西で演劇をされていた方だし。他にも、ほっしゃん(星田英利)も関西人ですし。脚本は関西弁なんですが、関西テイストの人たちと、まったく関西人じゃありませんといった人たちとが入り交じっていますね。関西人以外にはむりやり関西弁をしゃべらせています。

―― 物語の舞台も関西で、上演も関西なので、初演の東京公演とはお客さんのノリも違いそうですね。
そうですね。初演は関西公演がなかったので、今回が本当に関西での初演です。とくにこの新歌舞伎座は、年齢層の高い方が多いんですよね。それに関西だからか、ちょっとお客さんをいじるとしゃべるしゃべる(笑)東京とは全然雰囲気が違います。お客さんが舞台にツッコミを入れますからね。「はあ~、さすが大阪だなあ」と僕も関心しますよ。関西以外の地方の人が観に来られると面白いかもしれませんね。

―― 今作のテーマにもなっている「生きるということ」という言葉。そのどういったところを作品に込めたいですか?
僕の作品はだいたい人生に対する希望を書いているんですけど、今回はその逆です。原作が悲劇ですからね。それでも、変わる事のない人間の希望だったり孤独だったりを描きたい。あまりにも凄惨なものというよりも、舞台を観た人たちが、なんらかの希望や、自分たちが生きていることの意味のようなものを作品のなかで見いだせればいいな。
それをこの大勢の役者さんたちとどう作っていくかというのは、これから稽古を重ねてみないとわからないんですけれど。生きる事のパワーは、お客さんに訴えたいなとは思っています。

鄭義信

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―― 生きるということは、鄭さんにとってどんな意味を持っているんですか?
どう言えばいいのかな……。この作品を書いた時は、東日本大震災の前だったんです。でもその後に震災があって、日本の作家や演出家の考えがすごく変わりました。僕自身もね。
前作の『カラフト伯父さん』は神戸の震災の話だったんですけれども、記憶のなかでどんどん薄れていくものというのはあるかもしれないなと思いました。だから震災以降は、人生というものに対して肯定的で、希望はもっとあるんだというふうに書かなきゃならないんだと思っています。暗い部分よりも、できるだけ人生を肯定する、生きていくための人間のエネルギーが舞台の上にあげられればいいな。

―― 希望を書かなきゃならない……と感じられているという事は、逆説的に、希望がない雰囲気を感じているということですか?
そうですね。やっぱり、どうなっていくんだろうこの日本は、という空気感はすごくあるし、未来に対する希望みたいなものがとても薄れてきている。いくらオリンピックがありますと前向きなことをいっても、複雑な思いを抱いてしまいます。ある程度バブルを経験した人たちであれば、繁栄というものに対して懐疑的になっているだろうし、その繁栄の先になにがあるんだろうとも考えます。
それでも、劇作や演劇に携わる人間たちは、前向きに進んでいかなくちゃならないんじゃないかなと、僕は思っています。

―― では最後に、この作品をどういった方に観て欲しいですか?
若い人たちから大人まで、いろんな世代の方にご覧いただきたいですね。近松門左衛門の原作を知っていても知らなくても、どちらでも楽しめますよ。観ていただいて、いろんなことを考える作品にして欲しいなと思っています。


笑顔を絶やさず丁寧に話すその姿からは、作品で描かれる人間の情念とは結びつかない。しかし舞台からは、すべての人々に「人間とは」「生きるということは」を問う。
『GS近松商店』は9月27日(日)~10月14日(水)。出演は観月ありさ、渡部豪太、小島聖、姜暢雄、朴路美、みのすけ、星田英利、山崎銀之丞、升毅、石田えりほか。

鄭義信

◇鄭義信プロフィール◇
93年に『ザ・寺山』で第38回岸田國士戯曲賞を受賞。その一方、映画に進出して、同年、『月はどっちに出ている』の脚本で、毎日映画コンクール脚本賞、キネマ旬報脚本賞などを受賞。98年には『愛を乞うひと』でキネマ旬報脚本賞、日本アカデミー賞最優秀脚本賞、第一回菊島隆三賞、アジア太平洋映画祭最優秀脚本賞など数々の賞を受賞した。『焼肉ドラゴン』では第8回朝日舞台芸術賞グランプリ、第12回鶴屋南北戯曲賞、第16回読売演劇大賞 大賞・最優秀作品賞、第59回芸術選奨 文部科学大臣賞、韓国演劇評論家協会の選ぶ2008年今年の演劇ベスト3、韓国演劇協会が選ぶ今年の演劇ベスト7など数々の演劇賞を総なめにした。近年では『パーマ屋スミレ』『僕に炎の戦車を』『アジア温泉』『しゃばけ』『さらば八月の大地』と話題作を生み出している。2014年春の紫綬褒章受賞。

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