舞台『悪人』中村蒼インタビュー「90分間ずっと役として舞台にいられる贅沢」


2018年3月29日(木)に開幕するふたり芝居『悪人』。吉田修一の原作はいくつもの賞を受賞し、妻夫木聡と深津絵里で映画化もされたので、知る人は多いだろう。そこには「群像劇」とも言えるほど多くのキャラクターが登場するが、今回それが、たった二人で上演する舞台に大胆に書き換えられた。手がけるのは合津直枝(台本・演出)、演じるのは中村蒼と美波。原作の吉田も楽しみにしているという今作について、中村に話を聞いた。

舞台『悪人』中村蒼インタビュー

チラシは、作品の大事なシーンを思って撮影した

――チラシを撮影する時にはビジュアルの指定があったんでしょうか?

演出の合津(直枝)さんの方針で、ただの写真ではなく『悪人』の世界観をちゃんと表現して撮りたい、とシチュエーションを考えて撮影しました。「舞台のチラシは最初にお客様に届くものだから、ちゃんと世界観が伝わった方がいい」とお話されていて。いろんな舞台のチラシがありますが、いざ作品が始まってみたらチラシと全然違うということも多いから、僕自身はビジュアルはビジュアル、作品は作品みたいなイメージもあったんです。でも今回は、こんな作品を創るからポスターもこんな風に撮ろう、という撮り方をしたので楽しかったです。

――初めて祐一が光代に心を開くシーンをイメージされたそうですね。

表面はそうですね。裏面は、二人でこれから先どこにも行けない、この二人はどうなるんだろう・・・というイメージだそうです。チラシ撮影の前に美波さんと初めて台本の読み合わせをして、撮影に臨みました。
やっぱり美波さんと一緒に読むと、『悪人』の世界がより想像しやすくなりました。美波さんからは、チラシの写真のように本当に優しく包んでくれるようなとても温かい印象を受けました。これから、よりそれが大きくなっていくのかなと思うと楽しみが増えました。

――美波さんとは初共演ですね。美波さんは中村さんのことを「絶対に悪い人じゃない!」「何を言っても受け止めてくれそう」とおっしゃっていたそうですが、中村さんから美波さんへの印象は?

美波さんは僕がこの仕事を始めた時にはすでにテレビや映画に出ていて、一方的に知っている存在でした。実際にお会いすると、美波さんは素敵な雰囲気を持っていてリスペクトできるところがたくさんある方なので、ご一緒できるのが嬉しいです。

舞台『悪人』中村蒼インタビュー_2

90分間、祐一として存在する

――原作も映画も群像劇とも見られるほど、多くの人が登場します。それが今回、ふたり芝居となりますね。

二人だけなので、より二人の関係性が深く現れています。だからこそ台本もすごく読みやすくて、すんなりと自分の中に入ってきました。

――ふたり芝居に臨まれることについてはどのような思いですか?

初めてのふたり芝居なので、まず負荷が多いんだろうなと緊張しています。観たこともないので、一体どうなるのか想像つかないな。でも知り合いでふたり芝居をやったり、観に行ったりした人の話を聞くと、「すごく大変そうだった」とか「台詞が多かった」という感想をよく聞くんですよ(笑)。それを美波さんに話したら「じゃあその舞台はつまらなかったんだね」と言っていて、僕たちはそうはならないようにしないと、と思いました。

ただ、想像するにこれまで出演した舞台は登場人物が何人もいたので、自分が登場しないシーンで物語が進んでいくことがあるんですけど、今回は最初から最後までずっと舞台上にいるので、ずっと祐一として存在していることになる。これは映画のようにカットが入ったり、あとで編集できたりする作品ではできない経験です。

合津さんからは「90分の舞台が終わったら何をしてもいいから、90分の間は絶対に祐一と光代でいて、相手から目をそらさずに全身で感じてくれればいい。そうすれば絶対にお客さんは真剣に見てくださるから」と言われました。ずっと集中を切らしてはいけないのは難しいけれど、同じ役として舞台の上に立ち続けていられるのはすごく贅沢な時間だなと思っています。共感できる物語なので、作品の世界に入れるのが楽しみです。

――祐一はどんな人だと思いますか?

僕が祐一を共感できるところって、たくさんあるんです。例えば、いろんなことを考えているのにそれを言葉にできないところや、誰に話したらいいのか分からなくなってしまうところ。表現するのは苦手だけど、思いを自分の中に留めておきたいわけではなくて、自分の気持ちは誰かに分かってほしいと思っている。その気持ち、僕はすごくよく理解できるんです。僕も自分の気持ちを言葉にするのが得意な人間ではないし、身のまわりに自分の本当の気持ちを話せる人は少ない。そういうもどかしさはとても共感できるので、僕にとっては親しみやすい人間ですね。そんな祐一が光代さんと出会って、やっぱり自分の気持ちを誰かに伝えたい、という欲求を深めていく。

――祐一にとって、光代はどういう存在でしょう?

きっと光代さんと祐一はよく似ていて、光代さんも決して明るくて人付き合いが上手な人ではないんでしょうね。「誰かに自分を分かってほしい。誰かと分かり合いたい」という思いを持っている二人が出会って、時間を一緒に過ごしていく。そのうちに祐一は、誰にも言えなかった本当のことを光代に打ち明ける。

それまでの祐一は、母親に捨てられたり、出会い系サイトで出会った女性とうまくいかなかったり、表現するのが下手なゆえに誤解をされたりして、自分の望みとは違う方へと人生が狂っていってしまった。でも光代さんは自分と同じ感性で横にいてくれて、ちゃんと受け入れてくれる。それは祐一にはすごく嬉しいことだから、何があっても彼女を守りたいという思いが芽生えるのかな。きっと祐一にとって光代さんは、自分を温かく包み込んでくれて味方でいてくれる、求めていた存在でもあるんでしょう。

舞台『悪人』中村蒼インタビュー_3

ふたり芝居を支える存在、合津

――合津さんの印象は?

僕は言葉で気持ちを表現するのが苦手ですけれど、合津さんも美波さんもまったく逆なのでとても安心できます(笑)。作品についても「こうしたい」という思いがはっきりしているので頼りになる。だから初めてのふたり芝居だしとても繊細な物語だけれど、不安が少ないのかな。緊張もしますけれど、合津さんと美波さんと一緒ならきっと大丈夫なんだろうという気がしています。

――合津さんの言葉で印象に残っていることはありますか?

「祐一と光代、そのままの二人の距離感でお芝居を作ってほしい」と言われたことが印象的でした。これまでの舞台では「こういう劇場だからこういう芝居が必要だ」とか「お客さんのために芝居をしてほしい」と言われることが多くて、確かにそうだなとは思っていたんですけれど、今回は違う。合津さんははっきりと「目の前の光代のために存在して」「無理なことはしなくていい」と言ってくださったので、ただ祐一として素直な気持ちで舞台上にいられるんだろうなと安心しています。

――今回の舞台で大切にしたいと思っていることは?

『悪人』では舞台セットはほとんどないそうです。舞台上には二人しかいないから、僕たち二人の気持ちが大事。むしろ二人の気持ちだけでお届けする90分間になると言えるかもしれない。だから自分が違和感を持つ事はしてはいけないし、ちゃんと目の前で起きたことに素直に反応して台詞を口にしなければ、きっと美波さんにもお客さんにもバレてしまう。自分に正直であることをより大切にしたいなとは思っています。
また「自分がしゃべっていない時の方が大切だ」と合津さんに言われて、すごく納得しました。台詞を言っていない時にちょっとでも何も考えてない瞬間があると、美波さんにすぐに見すかされてしまうでしょう。そこだけは嘘つかずに真面目にやらないといけないなと思います

――東京公演のあとには兵庫でも公演がありますね。

東京だけでなく別の地域でも上演できるのは嬉しいですね。『悪人』は原作も映画も有名なので、足を運びやすい作品でしょうからぜひ劇場に来ていただきたいです。どこでやろうと、僕たちがやることは変わりません。ただ祐一と光代に会いに来ていただければ嬉しいです。きっと観た人によって「祐一はこんな人間なんだろうな」とか「光代はこういうことを考えていたいんじゃないか」とか二人の印象が違うでしょう。きっと皆さんは「あの人は悪人なのか、悪とはなんだろうか」と、心のどこかに引っかかる作品になると思いますよ。

舞台『悪人』中村蒼インタビュー_4

◆公演情報
ふたり芝居『悪人』
【東京公演】3月29日(木)~4月8日(日) シアタートラム
【兵庫公演】4月15日(日) 兵庫県立芸術文化センター

【原作】吉田修一(「悪人」朝日文庫)
【企画・台本・演出】合津直枝
【出演】中村蒼 美波

【公式HP】http://www.tvu.co.jp/product/stage2018/

舞台『悪人』メインビジュアル

(撮影/河野桃子)

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