演劇ライター・上村由紀子が2016年のミュージカルシーンを振り返る!


2016年・・・今年もさまざまな舞台が上演され、多くのギフトが客席に届けられた。あなたは劇場でどんなギフトを受け取っただろうか。

このコラムでは私、上村由紀子が取材者として、また一観客として得た、さまざまな形の”ギフト“について、ミュージカルシーンを中心に振り返っていきたいと思う。

2.5次元作品からオリジナルミュージカルまで

今年、特に強く感じたのが「2.5次元舞台」のさらなる台頭だ。2003年にミュージカル『テニスの王子様』が初演されて以来、漫画やゲームを原作とした多くの「2.5次元舞台」が生まれたが、2016年はこの「2.5次元舞台」と、既存の演劇との融合がより明確になった一年ではなかっただろうか。

『王家の紋章』(写真提供/東宝演劇部)

『王家の紋章』(写真提供/東宝演劇部)

ミュージカルでいえば、8月に帝国劇場で上演された『王家の紋章』、11月より東京を含む全国四都市で公演を打った『黒執事~NOAH’S ARK CIRCUS~』がその代表格だ。特に前者は、王道ミュージカルで活躍する俳優たちが“少女漫画の金字塔”とされる原作の世界観を高度な再現度で魅せ、ウィーンミュージカルの巨匠、シルヴェスター・リーヴァイが音楽を担当したことでも大きな話題を呼んだ。

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また2016年は、グランドミュージカルとは一味違うオリジナル作品&中劇場上演舞台に多くの秀作がみられた年でもあった。ミシェル・ルグランの上質な音楽を生演奏で聞かせ、少人数キャストが見事なアンサンブルを生み出した劇団四季の『壁抜け男』、鬼才・福田雄一が手練れのキャストとともに、観客を巻き込む手法でミュージカル愛と笑いの渦とを場内に巻き起こした『エドウィン・ドルードの謎』、実在のグループの夢と葛藤とを2チーム編成で見せた『ジャージー・ボーイズ』、時代を駆け抜けたアーティストの生き様を岸谷五朗が鮮やかに再構成した『ラディアント・ベイビー~キース・ヘリングの生涯~』、そしてゲームの世界観を下敷きにしつつ、オリジナル作品としても見事な足跡を残した『ミュージカル バイオハザード~ヴォイス・オブ・ガイア~』・・・どれも強く心に残る。

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『ミュージカル バイオハザード~ヴォイス・オブ・ガイア~』(C)GEKKO

『ミュージカル バイオハザード~ヴォイス・オブ・ガイア~』(C)GEKKO

2016年を彩ったプレイヤーたち

次にミュージカルシーンで活躍した俳優についても振り返ってみたい。

『ジキル&ハイド』『スカーレット・ピンパーネル』で見事な歌声と深化した演技をみせた石丸幹二、『エリザベート』で新たな境地に踏み込んだ井上芳雄、『グランドホテル』『ジャージー・ボーイズ』『マーダー・バラッド』でまったく違うキャラクターを演じ切った中川晃教、同じく『グランドホテル』『エリザベート』でその演技力を改めてみせつけた成河、『ジャージー・ボーイズ』で天才作曲家、劇団四季の新作『ノートルダムの鐘』では主人公・カジモドを真摯に演じた海宝直人、『王家の紋章』で堂々と帝劇の芯に立った浦井健治、初の大作ミュージカルへの挑戦で確実な足跡を残した宮野真守、『エドウィン・ドルードの謎』でキャリアと実力を下敷きに、大人の遊び心をみせた山口祐一郎今拓哉、『ラディアント・ベイビー~キース・ヘリングの生涯~』で主人公・キースとして生き抜いた柿澤勇人、キースを支えるクワンを演じた平間壮一、カルロス役の松下洸平、『スカーレット・ピンパーネル』で硬軟取り混ぜたキャラクターを構築した石井一孝、『1789 -バスティーユの恋人たち-』でフレンチロックミュージカルの世界に立った加藤和樹古川雄大上原理生、『キンキーブーツ』ローラ役で圧倒的なオーラをまとった三浦春馬、『ノートルダムの鐘』フロロー役で人間味あふれる深い演技を見せた芝清道、難役であるカジモドを鮮烈に演じた飯田達郎、『手紙』『グランドホテル』『ジャージー・ボーイズ』で多大な存在感を示した吉原光夫

さらに、『ジキル&ハイド』『Tell Me on a Sunday』『王家の紋章』『マーダー・バラッド』等の多彩な出演作に加え、デビュー20周年記念コンサートでも圧巻のステージを魅せた濱田めぐみ、宝塚歌劇団退団後、初の本格ミュージカル出演となった『ミュージカル バイオハザード~ヴォイス・オブ・ガイア~』で、チャーミングさとカッコ良さとを併せ持つリサ役を演じた柚希礼音、『エドウィン・ドルードの謎』でベテランの安定感とコメディエンヌぶりとを示した保坂知寿、『スカーレット・ピンパーネル』でヒロイン、マルグリット役を新たに構築した安蘭けい、劇団四季『ウェストサイド物語』で情熱的なアニタを華やかなダンスとともにみせ、新作『ノートルダムの鐘』では強く生きるジプシーの女性・エスメラルダをオリジナルキャストとして演じた岡村美南

個人的には上記の方々の仕事が特に強く印象に残った。

2016年心に刺さった三作品

ではここで、筆者が(独断と偏見で)選ぶ2016年の“心に刺さった”ミュージカル三作品を発表したいと思う(上演時期順)。

◆『グランドホテル』

『グランドホテル』( (C)GEKKO )

『グランドホテル』(C)GEKKO

まずは4月から5月にかけて、赤坂ACTシアター(東京)、梅田芸術劇場(大阪)で上演された『グランドホテル』をあげたい。1920年代の終盤、ドイツ・ベルリンに建つ「グランドホテル」内で交錯するさまざまな人間模様が鮮やかに描かれた本作。今回演出を担当したトム・サザーランドは、同じ台本、同じ音楽、同じ装置を使用し「RED」と「GREEN」という2つのチームでまったく違う世界観を創り上げた。

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ミュージカル界の天才・中川晃教と、ストレートプレイの現場で名を馳せる成河のふたりがWキャストとして同役を演じるキャスティングも非常に興味深く、さらに「GREEN」で男爵を演じた宮原浩暢(LE VELVETS)のノーブルな佇まいや、同じく「GREEN」の医師役・光枝明彦のいぶし銀の演技、「RED」でブライジング社長を演じた吉原光夫の繊細な人物造形も鮮やかな印象を残す。

華やかな時代が終焉を迎え、遠くから不穏な足音が響く世情・・・という作品のシチュエーションが、現代の日本に通ずるとも感じた。

◆『ミス・サイゴン』

『ミス・サイゴン』(写真提供/東宝演劇部)

『ミス・サイゴン』(写真提供/東宝演劇部)

10月から11月の帝国劇場(東京)公演を経て、年末から各地公演をスタートさせる『ミス・サイゴン』。1992年の日本初演から六演目、2012年の新演出版からは三演目となった本作だが、今回もベトナム戦争という極限状況の中、必死に生き抜こうとする人々の深くアツい人間ドラマが胸に刺さった。

今期で卒業を表明している“ミスター・エンジニア”こと市村正親、これがグランドミュージカル初出演となるダイアモンド☆ユカイ、そして3度目のオーディションで役を掴んだ駒田一と、三者三様のエンジニアに加え、韓国からの出演となったキム・スハの“土の匂いのする”キムの存在が光る。

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今回は登場人物たちの感情のやり取りがよりビビッドになり、演技的にも良い意味での生々しさが加わったと感じた。余談かもしれないが、カーテンコールでジジが毛皮のコートを羽織って出てくるのを見るたびに涙が出てしまう。彼女はアメリカに行って夢を叶えたのか・・・それともあれは“夢”の世界のことなのか。

◆劇団四季『ノートルダムの鐘』

『ノートルダムの鐘』(撮影/阿部章仁)(c)Disney

『ノートルダムの鐘』(撮影/阿部章仁)(c)Disney

12月11日(日)に四季劇場[秋]にて初日を迎えた『ノートルダムの鐘』。1482年のパリ・ノートルダム寺院の鐘つき堂に住むカジモドと、大助祭・フロロー、カジモドが想いを寄せるジプシーの女性・エスメラルダらの物語が、非常に演劇的に展開していく。

その“演劇的要因”のひとつが男女12人で構成されるアンサンブルの存在だ。彼らは、コロスとして時にナレーションや群読を担当し、ひとりが何役も演じ分ける。また、同名のディズニーアニメとは少し違う立ち位置で登場するフロローの過去やトラウマが緻密に描かれたことで、ストーリーに深みが増していると感じた。

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本作のキーワードのひとつが“孤独”である。生まれつき、負荷を背負って生きているカジモド、権力を手にしながら、愛のない日々を過ごしているフロロー、偏見と戦いながら強く生きるエスメラルダやクロパン、そして戦争で仲間を失った傷を持つフィーバス・・・皆が孤独な魂を抱える中、年に一度の道化の祭りをきっかけに、それぞれの心が響き合いドラマが生まれる。派手な仕掛けやイリュージョンのような演出とは真逆の、まるでストレートプレイを見ているかのような構成が深く刺さった。

また、来日公演ではノーム・ルイス、ピーター・ジョーバック、ラミン・カリムルー、シエラ・ボーゲスらのコンサート『I LOVE MUSICALS』、12月に東京国際フォーラム・ホールCで開幕した『RENT』が特に印象的だった。

2016年・・・胸に残るギフト

ここまで2016年のミュージカルシーンについて振り返ってきたが、ストレートプレイ=台詞劇についても触れておきたい。

個人的なベスト3は『おとこたち』(ハイバイ)、『クレシダ』(シーエイティプロデュース)、『はたらくおとこ』(阿佐ヶ谷スパイダースpresents)の三本(上演時期順)。

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ミュージカルに比べ、全体の公演数も多く、その内容も多岐に渡るストレートプレイだが、近年、ますます混沌の域に入っているように思う。上に挙げた三作品の共通項は“俳優の力を信じさせてくれる舞台”であったこと。もちろん、戯曲のクオリティや演出の手腕もあるが、プレイヤーの存在感や技術、その熱量で、虚構の世界をリアルに感じることができた。中でも、実力派の若手俳優たちと舞台上での鮮烈なやり取りを演じ、その後、旅立たれた平幹二郎さんには最大限の称賛と感謝とを贈りたい。

ここまで2016年に観た舞台を振り返ってみて、改めて多くのギフトを劇場で受け取ったことに気付く。それはツラい日常を忘れる笑いであったり、心を揺さぶられる言葉であったり、自らの生きる道を考えさせられるヒントだったりするわけだが、どの“ギフト”も人生の大きな糧・・・そして明日を生きる道しるべとして私の中に残っている。

2016年・・・あなたは劇場でどんなギフトを受け取っただろうか。このコラムが、あなたの胸の中にある観劇体験を思い出すひとつのきっかけとなれば幸いである。

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