ミュージカル『グランドホテル』 二つの世界から浮かび上がる“人生”!


2016年4月9日に赤坂ACTシアターで初日の幕を開けたミュージカル『グランドホテル』。1920年代の終盤、ベルリンに建つ「グランドホテル」を舞台に、そこに集う宿泊客とホテルで働く従業員たちそれぞれにスポットをあてた群像劇だ。本作が日本で上演されるのは約10年振り。今回演出を担当するトム・サザーランド氏は弱冠31歳でありながら、その才能を高く評価されている英国・気鋭のクリエイターである。そんな彼がどう“二つの世界”を創り上げ、2016年の日本に生きる私たちに提示したのか…今回は「Green」「Red」2つのチームの違いを含め、この作品が投げかけるメッセージについて今一度考えてみたい。

GreenとRedで全く違う世界が広がる?

3月上旬に隅田川近くの稽古場で行われたプレス向けの公開リハーサル。そこで主催者側から衝撃的な発表があった。それは「同じ台本」「同じ音楽」を用いながら「全くテイストの違う二つのエンディング」で『グランドホテル』が上演されるという内容。出演者の中にはこの日初めて詳細を聞いたという者もおり、現場は少々ざわついた雰囲気に包まれていた。

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では、GreenチームとRedチームではどんな違いがあったのだろうか。ここからは私という「一観客」の目と心に映った印象を書き記していきたい。なお、本コラムはネタバレの要素を多分に含むので、そういうモードが苦手な方は観劇後にお読みいただけると幸いである。

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【撮影:GEKKO】

『グランドホテル』が新演出で上演されるとのリリースがあり、余命宣告を受けた会計士、オットー役二人の名前を見た時「そう来たか」と思った人は多い筈だ。これまで外国人演出家との現場も数多く経験し、その演技力には定評がある成河(Red)と、ミュージカル界で天才の名を欲しいままにする中川晃教(Green)。インタビューでもいくつか真逆のことを語っていた彼らは一体どんなオットー像を立ち上げたのか。

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【撮影:GEKKO】

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二人が演じるオットー…多くの違いがある中で、特に響いたのは男爵との財布の場面だった。中川オットーは男爵の「君が僕に預けたんじゃないか」との言葉に一瞬違和感を持ちながらも、最後は男爵を信じたい…信じるんだと決意し、疑惑を振り払った状態で株で勝った礼を彼に渡したように見えた。一方成河オットーは、明らかに男爵が自分の財布を盗ったのだと確信した上で、男爵という人物を赦し、このまま友人でいたいという気持ちを胸に、彼の助けになればと礼を渡していると感じた。

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【撮影:GEKKO】

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経営している会社が倒れる危機を迎え、ビジネスマンとしても家庭人としても混乱し、常軌を逸した行動に走るプライジング。Greenでこの役を演じる戸井勝海からは全体的に“ビジネスマン”としての色合いが強く見えた。子どもと電話で話す場面では父親としての顔より、早く妻と仕事の話がしたい様子が見てとれたし、オットーが「あなたの会社で働いていました」と握手の手を差し出すシーンでも、最初からオットーを見下し、自分が相手にする対象ではないとの傲慢さが表に出ていたように思う。

代わってRedでプライジングを演じる吉原光夫からは“家庭人”としてのモードをより強く感じた。強面でありながら、電話で子どもにカラスの話をするシーンの照れくさそうな顔や、フレムシェンに妻や子どもの話をされた時の動揺…更にかつて自分の部下だったオットーに対しての態度は、傲慢というよりは、降りかかる事態に混乱し過ぎて、いちいち知らない人間に構っている余裕はないという状態に見えた。

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【撮影:GEKKO】

ただ、公演のパンフレットや公式によるアフタートークの書き起こし等を読むと、必ずしも上記の印象がサザーランド氏の意図と合致しているとも言い切れず…そこが芝居の面白いところだと、改めて実感している。余談かもしれないが、従業員の中で特に強い印象を残すローナ(友石竜也)は、Redに関してのみエリック(藤岡正明)に恋情を抱いているようにも見えた。

そして、ホテルの宿泊者たちの中で実は一番その佇まいと役割に違いがあると感じたのが、第一次大戦で負傷し、その痛みをモルヒネで誤魔化しているオッテンシュラッグ医師役の二人である。Redで老医師を演じる佐山陽規が完全な傍観者として「グランドホテル」内に存在しているのに対し、Greenの医師役・光枝明彦は「実はこの物語はモルヒネを打った老医師が見ている夢…もしくは回想だ」という一つの解釈を成立させる存在感を見せる(ちなみに光枝医師はGreenのラストシーンで他の客とは違う場所に立ち、略奪にもあっていない)。シニカルで世を斜めから見ている光枝医師が、中川オットーにだけは常に優しい眼差しを向ける姿も印象的だった。

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【撮影:GEKKO】

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これは初日後のアフタートークで成河の口から明らかにされたことだが、稽古場最後の日、Redチームのキャストがサザーランド氏に「あなたは本当のところ、どちらのチームが好きなのか」と聞いたところ、サザーランド氏はこう答えたそうだ。「Redチームは台本に書かれていることを出来るだけ忠実に表現しようとした。Greenチームはロンドンで自分が演出したものを下敷きに作った…いわば僕のオリジナルなんだ」。そう演出家の口から語られてみると、なるほどRedチームの方が、本人の資質がより役のキャラクターに近い俳優が揃っているようにも思える(もちろん、全員ではないが)。

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【撮影:GEKKO】

希望を手にした者たちと、希望を失い“託した”者たち

さてここで、トム・サザーランド版『グランドホテル』を語る上で絶対にはずせない「二つのエンディング」についても触れたいと思う。

Redチームはホテルの宿泊客たちが愛情や新たなパートナーを得てグランドホテルを旅立ち、その門出を皆が笑顔で見送るというバージョン。かわってGreenチームのそれは全く異なる。宿泊客がホテルを去ろうとした瞬間、それまで職務をこなしていた従業員たちの態度が一変し、彼らはお客の身ぐるみをはぎ荷物を略奪する。そして大音量で流れるヒトラーの演説テープ…従業員たちはナチスに心酔した表情を浮かべ、宿泊客は彼らのたった一つの希望である新しい命を真っ直ぐ見つめながら闇の中に消えていくのだ。

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【撮影:GEKKO】

こうして文字に起こしただけでも両バージョンの圧倒的な違いがお分かり頂けるかと思う。底に流れるメッセージは同じでも、視覚的、聴覚的、そして観劇直後の観客の心の置き所は二つのバージョンで大きく異なっている。

Greenバージョンに関して言えば、このラストは冒頭の「グランドパレード」で従業員たちが“地獄”“うじ虫”と自らの状況を嘆くところからずっと続いている訳だ。1928年…翌年には世界大恐慌が起こるこの時、必死に働いても報われない生活を送るドイツの労働者たちは、圧倒的なカリスマ性を持った独裁者に傾倒し、力を持った権力者に依存することで自らが最底辺でないことを確認しようとした。

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Greenのラストは確かに衝撃的だが、一番の“衝撃”は、それまで市井で普通の人生を歩んできた人間たちが“集団”という仮面のもと、一気に自分より弱いものを叩き潰そうとする心理状態である。サザーランド氏は、今、世界中で起きている同じような事例へ警鐘を鳴らす為に、このラストを創ったのかもしれない。

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【撮影:GEKKO】

「同じ台本」「同じ音楽」そして「異なる演出」「全く違うラスト」…今回の『グランドホテル』は日本のミュージカル界に新たな風を吹き込んだ。これほどまでに演劇的で“人生”について考えさせられる作品に劇場で出会えた事と、二つの世界を具現化した全てのキャスト&スタッフに心から感謝しつつ、『グランドホテル』から浮かび上がる“命のバトン”について今一度考えてみたいと思う。

……めぐる人生……それがグランドホテル!

(文 上村由紀子)

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