ミュージカル『ビリー・エリオット』訳詞・高橋亜子が語る、歌詞に秘められた真の意味とは・・・?


現在、東京・TBS赤坂ACTシアターで絶賛上演中の、ミュージカル『ビリー・エリオット』。本作の見どころとして、ビリー役の子ども達をはじめとしたキャスト達のパフォーマンスはもちろんだが、エルトン・ジョンによる楽曲も大きな魅力の一つ。そして、その楽曲に付けられる「歌詞」には、人物の感情描写や情景の説明など、作品の全体に関わる大きな意味が与えられている。

今回、その「歌詞」について、『ビリー・エリオット』の訳詞を手掛けた高橋亜子にインタビュー。海外スタッフチームとのやりとりの中で明らかとなった演出家の意図など、彼女だからこそ知ることのできたエピソードを語ってもらった。

ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』訳詞・高橋亜子

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――今回、高橋さんが訳詞をされた際、海外チームとはどういったお話をされたんですか?

まず最初に、全曲分の歌詞の意味と、どういう意図があってそういう歌詞になっているか、その言葉になっているのかというのをレクチャーしていただきました。そういう事は普段ないのですごく面白かったですし、歌詞の意味だけじゃなく、その意図も含めて日本語にして欲しいというミッションなんだなというのがよくわかりました。

――通常、そういった説明はあるんですか?

翻訳上演でも、日本で独自演出する場合は、基本的にはないですね。台本から直接、歌詞の真意を、自分で探っていくというか、読み解いていくので。そういう意味では今回は凄く有難かったですし、こうやって説明していただくと凄く楽しいなと思いました。

ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』舞台写真(撮影:田中亜紀)

ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』舞台写真(撮影:田中亜紀)

――説明された中で、特に印象に残っている部分はありますか?

たくさんあるんですけど、特に「エレクトリシティ」は1曲全部に深い意味があって、とても面白かったですね。まず最初に「この歌は旅です」って言われたんです。この歌は踊っている時にどんな気持ちがするかを聞かれて、それに応えて歌い出す歌なんですけど、「その答えに行き着くまでの旅なんです」と。

そして、1コーラス目の最後のところで答えに行き着くんですけど、そこに行くまでにビリーの気持ちがどんどん変遷していくんです。その気持ちの変遷が6段階あって、「今はこういう気持ちだから、この言葉を使っています」っていうのが細かくあるんです。それを世界中のビリーたちに対して同じようにレクチャーしてきたと言っていたので、日本のビリーたちがちゃんとビリーになるには、この6段階を表現できる言葉が必要でした。だから、日本語への精度の求め方、「もう少しこういう意味合いで」とか「この言い方ではダメです」とか、「この言葉を使うのはまだ早いです」などの細かいチェックがすごくありましたね。

ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』舞台写真(撮影:田中亜紀)

ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』舞台写真(撮影:田中亜紀)

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――かなり細かいところまで意図されているんですね。ちなみに、6段階の気持ちというのは具体的にどういったものなのでしょうか?

最初は「踊っているときはどんな気持ちになる?」っていう問いに対して「なに馬鹿なこと聞いているんだよ。そんなのわかんないよ」っていう段階です。「わかるわけないじゃん、言えないよ」って。

次は、それでも頑張って言おうと自分の心の中を探してみる段階。ここで大事なのは「多分こんな感じ」ということ。つまり、分かり切っていない、探している状態。「こんな感じかもしれない、あんな感じかもしれない」と。

その後が「耳の奥に~」のところなんですけど、耳の奥で実際には流れていない音楽が聞こえてきて、それを追いかけていくと自分が消えちゃう、みたいな不思議な事が起こる。演出補のサイモンは「ゴーストストーリーのブロック」だと言ってました。

4段階目は、お父さんに向かって説明するブロック。お父さんに「自分がこういうことになっているんだ」ってことを言いたい。だから、「何かが燃えるんだ」とか「僕は変わる」「空を飛ぶ」みたいな、お父さんに分かる言葉を使っている、と。その次に「電気」の発見になります。自分の中に「電気」が生まれて、それがスパークしているっていうことに気付くんです。そしてようやく最後、答えにたどり着く。踊っているとき「僕は自由だ」って。

ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』訳詞・高橋亜子

――実際に訳詞をされた際、特に印象深いエピソードがありましたら教えてください。

先ほどの「エレクトリシティ」の訳詞で印象深かったのが、歌詞の中の“エレクトリシティ”という単語について「“電気”という言葉を使ってください」と指定されたことです。一つのワードを「この言葉で」って指定されたのは、『ビリー・エリオット』全体の中でここだけですね。ただ、やはりそれにも意味があって、「電気」は「石炭」と対なんだと。「石炭に対して電気という言葉を使っているので、その石炭と電気の対比によって過去と未来も表している」というふうに言っていました。

これを聞いて、私の中で解釈がすごく広がりました。石炭は電気を生むエネルギー源でもあったわけで、沢山の電気を作り、時代を作ってきた。当然、ビリーもあの炭鉱の町で育って今の彼になったわけで、ビリーが持つ輝きは、言ってみれば石炭が輝かせている電気みたいなものとも言えます。だけど、ビリーがもっと輝くためには別のエネルギー源が必要で、だからここから出ていかないといけないんだな、と。

その、ビリーの転換点でもあるし、時代の変わり目でもあるし、この町や炭鉱夫たちの過渡期でもある。そうした全ての変化の時が、この歌にピタっと合っているんです。その中心に、“エレクトリシティ=電気”って言葉があるんだって思って。じゃあ言葉を指定されても仕方がないかなって。

あと「エレクトリシティ」で面白かった箇所がもう一つあって、1コーラス目に「僕は自由だ」という答えに行き着いたあと、2コーラス目でさらに深く説明を始めるんです。踊ってる時にどういう気持ちかっていうのを。その中で、「泣いた時みたいに、エンプティだしフルなんだよ」と言っていて、それは「空っぽなのに、いっぱいになっている」という自分の心の中の状態を表現しているんですね。

でも、それを同じ音符数の中で日本語にするのが厳しかったので、「泣いた時みたい」っていう部分をカットして、「心が空っぽになった時みたいな、でも同時に満たされているような」っていう歌詞を1回提案したんです。そうしたら、「『泣いた時みたいな』っていうのは実は凄く大事なんです」と言われました。その意味を聞くと、「このお芝居の中でビリーは1回も泣かないけど、一人で何度も泣いていたんです。泣いていたんだなってお客さんがたどり着けるキーワードはここしかない」って説明されて、なるほど、と納得できました。エレクトリシティは特にそうですけど、無駄な言葉が1個もないんですよね。

ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』舞台写真(撮影:田中亜紀)

ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』舞台写真(撮影:田中亜紀)

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――そういうお話を聞くと見方も変わってきますね。

そうでしょう?そうなんですよ!

――高橋さんから見て、『ビリー・エリオット』の歌詞の印象はいかがですか?

本当に凄く計算されて作られているなって思います。例えば1曲目の「ザ・スターズ・ルック・ダウン」という曲は、炭鉱夫たちが「星々が我々を見下ろしてくれている。見守ってくれている」っていう歌で、星たちが見下ろしている、上から下を見ている目線なんです。一方、その曲の中でビリーが歌う箇所もあるんですが、ビリーは「僕を抱き上げて。いつか飛べるよ」って歌うんです。つまり、ビリーだけは下から上を見ていて、「その視線の対比が大事です」と言っていました。

さらに、この曲の“スターズ(星々)”という言葉は、舞台後半でお父さんが「ビリーにダンスをやらせてあげたいんだ」ってトニーに言う場面の歌で「あいつは”スター(星)”になれるかもしれない」って歌うんですけど、「その“スター(星)”とこの“スターズ(星々)”は計算して同じ言葉にしています」という話でした。

――一つひとつの言葉にいくつもの意味が込められているんですね。

はい。関連付けられているというか。先ほどの「エレクトリシティ」の「自由」という言葉も、おばあちゃんの歌の中と、マイケルの歌の中にも使われています。二人がビリーに言った言葉が、あとでビリーが探し当てた「答え」として出てくるんですよね。

――一度観ただけでは気づかないですね。

そうなんです、気づかないんですよ。気づかないけど、全体を見た時にそういうのが効いてくるのかなって。
だからお客さんを凄く信じているなって思うんですよね。細かい意味がわかってもわからなくても、その人なりの受け止め方をしてくれることを信じているんだと思います。同時に、何回も観れば観るほど深まっていく。凄く深く作られています。

ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』舞台写真(撮影:田中亜紀)

ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』舞台写真(撮影:田中亜紀)

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――『ビリー・エリオット』に限らず、訳詞される時はどういうこだわりをもってらっしゃるんですか?

基本的に常にあるのは、日本語として成立しているかどうかと、耳で聞いてちゃんと言葉が届くかどうか、そして音楽に沿っているか。音楽を壊していないかということ。音楽と合わないと言葉も届かないし、音楽も素敵に聞こえないし、歌い手さんも歌いづらいし、良いことが1個もないんです。なので、音楽をちゃんと大事にして、音楽に沿った日本語にして、“日本語で”ちゃんと届くようにといつも考えています。

――その“ちゃんと届く日本語”に変える時の難しさはどんなところですか?

そもそも、全てを英語と同じ様には言えないので、音符の数が足りなくなっちゃうんですね。さっきの「エンプティ」と「フル」もそうですけど、「エンプティ」は2つの音符で言えるけど、「空っぽ」って音は4ついるし、「フル」なんかは1つで言えるけど、「いっぱい」って言うには4ついるんです。しかも「いっぱい」だけでは伝わらないから「いっぱい“なんだ”」とか付けないといけない。全てがそうなので、そっくり同じ事は言えないんですね。だから、ぎゅっとまとめるとか、何か落としていくんですけど、その時に、英語の歌詞の意図をちゃんとわかっていないと、大事なところを落としちゃったりするんです。だから今回のように歌詞の意図をレクチャーしていただくと有難いですね。歌詞っていろんな解釈できちゃうので。あとは文法の違いです。英語と日本語は文法が逆なので、英語では音楽が盛り上がるところに大事な言葉がきているんですけど、これをそのまま訳すと逆になっちゃうんですね。「○○でした」の「でした!」で歌いあげちゃうことになるから、そこの工夫もまた難しいですね。

――最後に、高橋さんが1番好きなシーンを教えてください。

どこだろう・・・やっぱり「僕は自由だ」って言って踊りだすところが好きですね。すごく、全部弾け出たっていう感じがして。あと、マイケルとの最後のシーンは好きですね。マイケルという友達がいてよかったねって思うんですよね。ビリーにとって、マイケルが側に居た事は大きかったと思います。

――貴重なお話、ありがとうございました。

ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』舞台写真(撮影:田中亜紀)

ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』舞台写真(撮影:田中亜紀)

◆ミュージカル『ビリー・エリオット~リトルダンサー~』公演情報
【東京公演】7月25日(火)~10月1日(日) TBS赤坂ACTシアター
【大阪公演】10月15日(日)~11月4日(土) 梅田芸術劇場 メインホール

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