【第71回トニー賞注目作品】ミュージカル『ディア・エヴァン・ハンセン』舞台レポート


今年のトニー賞ミュージカル作品賞のノミネート作『ディア・エヴァン・ハンセン』(『DEAR EVAN HANSEN』)をニューヨーク、ミュージック・ボックス劇場に観に行ってきました。今、ブロードウェイで最も熱い作品の1つです。

2016年5月にオフ・ブロードウェイで幕を開けた『ディア・エヴァン・ハンセン』は、その人気から11月にブロードウェイに進出。今年のトニー賞には、ミュージカル作品賞と共に、9つの部門でノミネートされています。また音楽は、映画『ラ・ラ・ランド』の歌詞を手掛けたベンジ・パセックとジャスティン・ポールが担当していることでも話題になっています。あまりの人気から、チケットは数ヶ月先まで完売するほどです。

チケットボックス

社会に適応できない高校生エヴァン・ハンセンは、セラピストからの宿題で書いていた“自分への手紙”をクラスメイトのコナーに奪われてしまいます。しかし、コナーがその直後に自殺。その際にこの手紙が発見されたことで、コナーの両親に、エヴァンとコナーが友達であったと勘違いされてしまいます。これをきっかけに、SNSを使ったコナーにまつわるプロジェクトが動き始め、エヴァンは一躍注目の的になることに。本来の自分とは違う、別のエヴァンがどんどん一人歩きしていき、やがて・・・というストーリー。

社会に恐怖心を抱くエヴァンはベン・プラットが熱演。自分が周りからどう思われているのか気になり、怖くてたまらない。その恐怖感、自信のなさを繊細な演技で的確に演じていました。クラスメイトのコナーを演じるのはマイク・フェイスト。コナーの役柄上、出演時間はごくわずかでしたが、その中でも感情を自分でコントロールできなくなるくらい壊れてしまった姿を表現していました。彼の妹ゾーイ役はローラ・ドレイファス。周囲に気を配れる優しさを見せ、エヴァンも彼女に魅了されていきます。また、エヴァンの母ハイディはレイチェル・ベイ・ジョーンズが、コナーの母シンシアはジェニファー・ローラ・トンプソンが演じています。二人とも、不安に満ちた息子を思い、彼らがどんな状況に陥ろうと優しい手を差し伸べ、助けてくれる、慈愛に満ちた母親でした。ちなみに、ベン・プラット、マイク・フェイスト、レイチェル・ベイ・ジョーンズの3名は、この作品からトニー賞各俳優賞にノミネートされています。

現代社会の中で生きる人が社会と接することで、誰しも少なからず抱いている悩みを描いた『ディア・エヴァン・ハンセン』。どう感情を表現、コントロールしていいのかわからなかったり、どう接していいのかわからず悩む人々の姿がリアルに表現されていました。

エヴァンは感情を内に秘め過ぎてしまい、コナーは爆発させ過ぎてしまいます。それは、知らぬ間に彼ら自身をさらに苦しめていることになっているのです。

劇場エントランス

他の登場人物を見ても、誰もがお互いを傷つける気はなく、それぞれの道を懸命に生きているのですが、その懸命さが時に相手を心配させ、傷つけてしまうことに。さらに、知り得た断片的な情報だけで発してしまった言動で、知らぬうちに攻撃してしまったり、そのことに気付き相手を安心させようとすることで自分を傷つけてしまったりもします。これらは、特別な立場の人だけに起こることではなく、誰にでも起こりうることばかりでした。

もちろん、この渦中にいるのはエヴァン。手紙がきっかけで、意図せずSNS上で有名人になっていくのですが、本来の自分とかけ離れ過ぎたため、大きく傷つき崩壊。しかし、壊れたエヴァンに面と向き合い、温かい愛情で包み込んだのは、母ハイディでした。傷つくかもしれないという心配の中でも、しっかりと向き合い伝えることの大切さを伝えていました。

あまりにも切ない物語。この作品をより観客の心の奥に染み入るように届ける橋渡しをしたのが、ベンジ・パセックとジャスティン・ポールの音楽だった気がします。ゆっくりとした曲調で、ピアノの1音1音が明瞭に聴き取れるような旋律と歌詞は、思い悩んだ心情を表すのにぴったりでした。

多くの人が、社会の中で生きることで傷ついたり、苦しくなったり、どうしたら良いのかわからなくなったりする現代。『ディア・エヴァン・ハンセン』は、今をリアルタイムで生きる人々に突き刺さる作品であり、今観るべき作品と呼べるでしょう。

(取材・文・撮影/大嶽なつき)

掲載画像
1枚目:ミュージック・ボックス劇場最寄りのタイムズ・スクエア駅改札
2枚目:チケットボックス
3枚目:劇場エントランスに掲げられていたスタッフ表

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