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ついに休館・・・!「ありがとう、パルコ劇場」渡辺謙、南果歩らが感謝を捧げる手締め会

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2016年8月7日(日)をもって、東京・パルコ劇場が休館となった。最後を飾ったのは、同劇場で約26年間上演され続けてきた朗読劇『ラヴ・レターズ LOVE LETTERS』。読み手の最後のカップルは、渡辺謙と南果歩が務めた。終演後、渡辺と南のほか、本作の訳・演出を手掛けた青井陽治、同劇場で初舞台を踏んだ佐藤隆太と志田未来、そして20年もの間、同劇場で落語会を開催し続けた立川志の輔というゆかりの面々が登壇し、手締め会が行われた。以下、登壇者のコメントを紹介する。

◆渡辺謙
舞台デビューは35年前にパルコ劇場で蜷川(幸雄)さんが演出した『下谷万年町物語』でした。舞台上に不忍池を作ったのですが、一幕は池の中の演技が多くてずぶ濡れで、二幕は暗転からの板付き。目まぐるしく、中日ぐらいで逃げ出したくなったものです。でも、その後に出演したパルコ劇場での伊丹十三さん(訳)の舞台『ピサロ』が縁で映画『タンポポ』に出演することになったり、朝ドラや大河の話が来たりと映像の仕事が増えていきました。そのうちに映像の仕事が主になり、12年間ほど舞台には出ていなかったのですが、そろそろ舞台も、と考えていたところでパルコさんから声が掛かり『ホロヴィッツとの対話』に出演し、自分の中で「やはり舞台を」という気持ちになったことが、ブロードウェイのお話に繋がります。出演すると次の高いステップに行くという、僕には縁起の良い劇場でした。3年の休館は演劇界の損失かもしれませんが、新しくなった劇場にまた呼ばれたいと思っています。

◆南果歩
ここに来ればいろいろ発信していると分かる劇場で、演劇少女たちにとってのメッカだったと思います。夏目雅子さんの初舞台で当日券のために並んだりしたこと、個人的なことでは、1995年の『クラウド・ナイン』出演中に妊娠していることが分かって、他の共演女優さんたちから励ましていただいて乗り切ったり、思い出も様々です。毎年、年明けは『志の輔らくご』で始まっていたのに、来年からどうしたらいいのか・・・(笑)。渡辺との共演は、気仙沼でのチャリティー公演で上演した『ラヴ・レターズ』のみだと思っていたのですが、まさかまたお声を掛けていただけるとは・・・。ただ、パルコ劇場の最後を飾るのは大変な重圧で、幕が上がるまで「どうして引き受けたんだろう」と、ずっと一人でぶつぶつ呟いていました(笑)。最後の言葉は『ラヴ・レターズ』の台詞を借りて、「ありがとう、パルコ劇場」です。

◆青井陽治
私が訳・演出した朗読劇『ラヴ・レターズ』は、26年間もの長い間パルコ劇場で上演されましたが、劇場としての最後の一週間を飾らせていただくことになるとは思ってもいませんでした。 実はもともと劇団四季で俳優をしていて、パルコ劇場のこけら落とし公演でコーラスとして参加していました。私にとって、俳優・訳詞・翻訳・オリジナル脚本・演出の5種目を制覇させてもらったのはパルコ劇場だけです。今日が最後だと思わないようにしてきましたが、家に帰ったらきっといろいろ思い出して名残惜しくなるんだと思います。先日行われたパーティーで、劇場の床にメッセージを書いてほしいと言われたので「僕は君と結婚した!」と書きました(笑)。

◆佐藤隆太
生まれて初めて一般応募でオーディションを受けて、舞台に立たせていただいたのはこの劇場での宮本亜門さん演出『BOYS TIME ボーイズ・タイム』でした。僕にとっては実家のような存在です。劇場に来るまでの道順や、劇場に入ってからの導線にはルーティンがあって、まず初めに男子トイレのソープを確認するんです。一番左の洗面台のソープボタンを押すと出続けて泡だらけになるのですが、「あ、まだ直ってないぞ!」とか(笑)。パルコ劇場が休館してしまうのは正直に言えば、寂しいです。新しいパルコ劇場ができるまで3年半。役者にとってはとても“リアル”な時間で、また立たせていただけるような役者でいられるよう、がんばりたいと思います。

◆志田未来
私の初舞台は、昨年のパルコ劇場の演目『オレアナ』でした。それまでは映像しか知らず、舞台からは逃げていたので、お客様の前で演じるのはこんなに大変なことなのか・・・と、毎日苦痛で泣きそうな思いでした。つい先日、までこちらで上演していた『母と惑星について、および自転する女たちの記録』が舞台出演としては2度目で、ようやく舞台にも慣れてきた頃に劇場がなくなってしまうということで、東京公演が終わる時にはつらくて、こみあげてくるものがありました。

◆立川志の輔
まだ西武劇場と呼ばれていた頃、当時東京に出てきたばかりの私は安部公房の『友達』をこちらで拝見したのが初めでした。K列ぐらいの席だったでしょうか。そこから舞台を観ていて、「あ、自分はいつかこの舞台に立つな」と思ったのです。まだ落語家にもなっていなかった頃の話ですし、何の根拠もなかったのですが、本当にそう思えたのです。それから23年後に、演劇をするこの劇場で私が落語を上演することになります。落語家ですから舞台に立つことはなく、座っていたのですけれども(笑)。
渋谷と落語と伝統芸能という組み合わせ、当時としてはアレルギーがございまして、最初は4日間の公演からのスタートでした。それが11年前から1ヶ月公演をさせていただくことになり、今年までやってまいりました。これだけやってまいりますと、体力的にも中日ぐらいには「まだ半分か」なんて考えるようになるものですけれど、今年は最初から「あと20数回しかないのか」なんて気持ちになりました。今はこの劇場の神様にただただ感謝申し上げたいという思いです。

『パルコ劇場手締め会』_2

登壇者と満員の観客による三本締めで、43年に及ぶ歴史の幕を閉じた現・パルコ劇場。再び幕が上がるのは2019年の予定となっている。これまでの劇場に感謝をしつつ、演劇の素晴らしさを届けてくれる新たな空間の誕生を楽しみに待ちたい。

(文/エンタステージ編集部)

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