盛者必衰、色即是空。野村萬斎が描くロマン、愛、そしてすべてを失う咆哮『マクベス』レポート


2016年6月15日(水)に東京・世田谷パブリックシアターにて、野村萬斎構成・演出の『マクベス』が幕を開けた。本作は、2010年の初演以来、国内外で再演を重ね、“和”の美しさを引き出した新たな『マクベス』として進化してきた作品。4度目の上演となる今回は、マクベス夫人役に鈴木砂羽を迎える。鈴木にとって、これが初のシェイクスピア作品への挑戦。そんな公演初日のレポートをお届けする。

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その舞台には幕がないので、観客が会場に足を踏み入れた瞬間から、黒を基調にした暗い舞台が見えている。上演開始前から、カラスのような不吉な鳥たちの鳴き声がする。そして3人の魔女・・・というか、台詞にもあるとおり髭は生えているし、元より男性の俳優たちが女装するでもなく演じているので女には見えないが、とにかくその3人は期待通りのおどろおどろしさで現れる。

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そしてその不吉な禍々しさいっぱいにお膳立てされた舞台に鮮やかなコントラストをなして、萬斎マクベスが爽やかに、凛々しく登場。待ってました!と声をかけたくなるこの爽やかさ、カッコ良さは、終幕ボロボロになって苦悩の中で足掻く姿とも見事なコントラストを描き、観客の心に残る。

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ストーリーはご存知の方も多いだろうが、スコットランドの将軍マクベスは、友である将軍バンクォーと勝利した戦いの帰り道、不気味な3人の魔女から「将来王になる」と予言される。その予言に取りつかれたようになりマクベスとマクベス夫人は悪行を重ねるが、次第にその罪の意識と復讐への恐怖に追い詰められていく・・・。

出演者が5人と聞いた時、「マクベスってあの、登場人物が多過ぎて誰が誰だかわかんなくなる話だよね?5人でどうやってやるの?」と正直思った。事実、萬斎自身がパンフレットに掲載されたインタビューで「マクダフだ、マルカムだと、マクベスに似たような名前の人たちがたくさん出てきて(笑)、それがもうややこしい」と述べている。だが開演後しばらくすると、なるほどと思った。

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さきほどの不気味な魔女の一人がおもむろに鎧を着け、バンクォーになる。また別の魔女が白い豪華な衣装をまとい、王になる。考えてみればマクベスという劇の登場人物は多いが、マクベス夫妻以外は皆、出番は少ない。魔女たちの出番は、本来は冒頭で不気味な予言を与えるシーンと、後に更に不気味な予言を与えるシーンの二つだけ。

王は話の初めの方で死んでしまうし、他の登場人物たちもどんどん死んだり殺されたり、イングランドに逃亡してしまったり。演出のやりようでは5人でやりきれてしまうのか・・・。前述したように、少なくとも私にとっては、『マクベス』は大変人物が多くて分かりにくい話なのだ。だから、こんな風に「この衣装をつけたから、今は王です」「鎧を着けたから今はバンクォーです」という風にしてくれる方が、いっそ清々しいというか、わかりやすい。これは目からウロコ、さすが無駄を排した美を知る狂言師の『マクベス』である。

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凛々しくカッコ良いマクベスに相応しく、鈴木のマクベス夫人が艶やかで美しい。前半、時に迷い、時に怯える夫を励まし叱咤する姿は美しさと力強さに満ちている。だが後悔と恐怖に打ちのめされた後半の彼女の方が、より素晴らしいと言っても良いだろう。

そして魔女(その他大勢)を演じるのは小林桂太、高田恵篤、福士惠二の3人。黒い衣装で暗い舞台を飛び回り、マクベス夫妻に甘い誘惑の罠を仕掛け、愚弄し、翻弄する。それが王の衣装や将軍の鎧をまとったとたん、真面目な顔で王や将軍を演じてみせる。プログラムの対談の中で萬斎が「ニューヨーク公演の時は魔女たちが大ウケでした」と述べているのも道理である。

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あまりに生き生きと演じているので「本当に楽しそうだなあ」と思ってしまったが、上記の対談の相手、翻訳の河合祥一郎によると「魔女を演じる3人の役者さんたちはあれもこれも演じなければならないので、もうバテバテ(笑)。演じる側は大変だけど、観る側はお得、そういうお芝居」なのだそうだ。

美しく野望に溢れた二人が、ゴミ袋から現れた魔女たちに翻弄され、ボロボロになり、最後にはすべてを失う。盛者必衰、色即是空。「きれいは汚い、汚いはきれい」―人の醜さ、哀れさ、そして切なさが心にしみる舞台である。

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『マクベス』は、6月22日(水)まで、東京・世田谷パブリックシアターにて上演。その後、北海道、中部、関西、九州と国内縦断ツアーが予定されている。日程は、下記のとおり。

6月15日(水)~6月22日(水) 世田谷パブリックシアター
6月25日(土)・6月26日(日) 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
6月28日(火)・6月29日(水) 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
7月1日(金)札幌市教育文化会館 大ホール
7月5日(火)・7月6日(水) 名古屋市芸術創造センター
7月9日(土) 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール
7月12日(火) メディキット県民文化センター(宮崎県立芸術劇場) 演劇ホール

(文:月島ゆみ、撮影:御堂義乘)

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