今冬絶対見逃せない!『スポケーンの左手』ゲネプロ観劇レビュー


2015年11月14日(土)東京・三軒茶屋のシアタートラムにて、『スポケーンの左手』が幕を開けた。キャストはたったの4名。蒼井優、岡本健一、成河、中嶋しゅうの技術派揃いだ。人気劇作家マーティン・マクドナーの代表的な戯曲を翻訳・演出するのは、過去にマクドナー作品『ピローマン』『ロンサム・ウェスト』を手掛けてきた小川絵梨子。生きるか死ぬかの緊迫した状況で繰り広げられるブラックコメディーは、マクドナー得意の言葉遊びの応酬が重ねられ、さらに次々変わる展開に息もつけない。

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舞台は、アメリカの小さな町の古ぼけたホテル。その一室に宿泊する40代後半の男・カーマイケル(中嶋しゅう)は、27年前にアメリカの小都市スポケーンで失くした左手を探し続けていた。そこへ若い詐欺師のカップル、黒人のトビー(岡本健一)とマリリン(蒼井優)が「カーマイケルの左手を持っている」と言って売りつけようとするが、騙されたと気づいたカーマイケルに捕えられ、「少しでも動いたら爆弾が爆発する」と脅される。一方、ホテルのフロント係のマーヴィン(成河)はちょくちょく部屋に現れて、三人が対立するようにけしかける。

まず劇場に入って目を引くのは、舞台を挟んだ対面の客席だ。ホテルの一室を挟んだ向こう側に、鏡のように客席が見える。舞台と客席が近いため、向こう岸のお客さんの顔までよく見える。

スポケーンで失った“左手”を探す男を演じた中嶋は、他人には暴力的だが母には甘い、大人の男と呼ぶには情けない中年そのものだった。男の乱暴さを見せたかと思えば、軽い物言いできちんとセリフを相手に届け、観客を笑わせもする。若い三人の役者とは違う力の演技を見せながらも、浮いていない。しっかりと物語の芯を担っていた。

唯一の女性キャストである蒼井は、さまざまな表情で観客を惹きつける。はすっぱな態度でヒステリックにわめき散らしたかと思えば、時にはセクシーな顔を見せつつ、コメディタッチを忘れない。動きもしなやかで、全身で惜しみなく表現している。片時も目が離せない。

『スポケーンの左手』観劇レポート_2

黒人を演じる岡本健一は、黒くした化粧も違和感がない。4人の登場人物の中では比較的大人しい性格のためか、決して出過ぎはしないが、その存在は静かに舞台をまとめていた。彼の受け皿が、他の三人をしっかりと支えている。

そして異彩を放っていたのが、ホテルのフロントボーイを演じる成河。一人だけ当事者ではない、異質な役だ。それが徐々に物語の中心に寄ってくるほどに、彼の狂気が浮き彫りになっていく。長ゼリフを朗々とこなしながらも、言葉の意味ではなくシーンの意味をきちんと伝えてくれる。

舞台は客席に近すぎるため、衣装も壁の汚れも細部まで見える。臨場感が増すどころではない。時には勢い余って小道具が飛んでくる。つくりもののそれらも、役者たちの説得力が、本物のように存在させている。

シーンが進むごとに、もう誰がまともなのかわからなくなってくる。会話も思惑も噛み合ない4人は、全員怖い。誰一人として隣にいたら嫌だ。しかし、彼らの歪みのどれもが、自分の中にもある。

個人的な問題にこだわりつづける男の滑稽さが浮き彫りになった頃、観客は思うだろう。彼はなにを探していたのか?左手とはいったいなんだったのか?

『スポケーンの左手」は、2015年11月14日(土)から11月29日(日)まで東京・シアタートラムにて上演。

撮影:西村淳

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