『三文オペラ』松岡充インタビュー「違和感の塊のような作品」


2018年1月23日(火)に神奈川・KAAT神奈川芸術劇場<ホール>にて『三文オペラ』が開幕する。本作は、ベルトルト・ブレヒトの戯曲、クルト・ヴァイルが音楽を手がけた傑作で、マクヒィスと彼を巡る女たちを描いた音楽劇。今回の上演では、演出・上演台本を谷賢一が手掛け、ロックバンド・ドレスコーズの志磨遼平が初めて舞台公演の音楽監督を務める。

色男にして盗賊王という主人公マクヒィス役を演じるのは、ロックバンドSOPHIA/MICHAELのボーカル、そして最近では俳優として活躍する松岡充。その松岡に、出演への経緯や、作品の魅力、共演者たちについてなどを聞いた。

『三文オペラ』松岡充インタビュー

――まずは本作への出演を受けた時のお気持ちを教えてください。

僕は音楽を主軸に活動をしているんですが、舞台、映画、ドラマなど俳優の活動をする際には作品に必ず没頭するんですね。その期間は完全に音楽活動を控えて、俳優として専念する。だから、音楽以外の活動は1年に1本ぐらいにしていたんですが、最近特に俳優の活動が立て続いていたんですよね。2017年はちょうど主演映画が公開されて、主演舞台も決まっていて、という時に、この『三文オペラ』の出演オファーをいただいたんです。時期を聞いたら、12月から稽古で、1月に本番ということで・・・。クリスマスの時期は、MICHAELというバンドにとって年に一度の、絶対に欠かせないクリスマスライブをやっているんですよ。クリスマスライブは自分たちにとっても、ファンにとっても、絶対に外せないものですからね。お話の印象としても、スケジュール的にも(自分がやるのは)「ちょっと難しいんじゃないか?」と実は思っていました。

――そこから出演を決めるまでに、どのような心境の変化があったのでしょうか?

色々なお話を、KAATの皆さんから聞いたんです。なぜこの作品を今やるのか、この作品の持つ意味。それから、谷(賢一)さんが演出に立たれることとか、KAATの芸術監督である白井(晃)さんがすごく愛している作品であり、今回は自分が演出家としてではなく俳優として出演される、お話など。魅力的なお話をたくさん伺っていく中で、『三文オペラ』という作品に少しずつ触れてていき、「これはやりたい!」という想いに変わったんです。それで、物理的に難しいことをなんとかクリアにしていき、出演できる方向に向かおうと決めました。

――オファーを受けた理由の一つには、谷さんとの関係があったそうですね。

はい、そうですね。谷さんは、僕のやってきた音楽のことをすごくリスペクトしてくださっていて。ミュージシャンの僕が俳優として活動する時によく言われるんですが、「音楽と演劇は別だから、ミュージシャンの松岡充ではなく、俳優としてやってくれ」と言われることもあるんです。それは決して、悪いことではなく嫌なわけではないんですよ。「ミュージシャンとして見せられない松岡充を見せたいんだ」と言ってくださる方も多いので。ただそれよりも、今まで「SOPHIAの松岡充」、今はMICHAELというバンドで活動しているので、「たくさんの人に影響を及ぼしてきたその力をこの作品で存分に出してください」と言われた方がもっと嬉しい。俳優一筋の方と、音楽をずっとやってきた人間の武器はそれぞれ違うと思いますので、それを今回は肯定していただいて、出て欲しいと言っていただけたことは、本当に嬉しいです。

――谷さんは、その思いを強く持たれていたんですね。

そうですね。谷さんとは、このお話をいただく何年か前にお会いしているんですが、その時に「いつか僕が演出家としてやる作品で、松岡さんとやりたいです」と声をかけていただいたんですよ。谷さんは、僕の存在や、僕の作品を「自分がクリエイティブなものを作る上で必要なもので、今でも大切にしている」とも言ってくださって、そういう方が「今度は自身のフィールドで一緒にやりたい」と、本当に深々と頭を下げて言ってくださったのが、すごく印象的でした。

『三文オペラ』松岡充インタビュー_2

――稽古に入ってみて、改めてこの『三文オペラ』にどんな魅力を感じていますか?

一番に言っておかなければならないのが、『三文オペラ』という作品は、僕が今まで経験した作品や、僕の中にある表現の幅を飛び越えた作品性であるということ。これは大きな魅力ですよ。そして、キャストの皆さん、一人一人の存在感ですね。稽古を通して「すごいな」とリスペクトできるところがたくさんある方たちが集まっていると感じています。

――存在と言えば、白井さんが演じるピーチャムという役は下層階級である乞食たちの上流階級である王様という社会階級的にも奇妙な存在でもあります。

そういう階級批判的な要素を例えにしながら、人生は通り一遍じゃないということを演出方法として使っているんですよね。だから、ハッピーエンドとかアンハッピーエンドとか一言では語れないような構造になっているんです。その作風が僕にとっては初体験なのですごく興味深いんです。一番分かりやすい言葉で言うと“違和感”という言葉がハマると思います。水と油のようなものを同居させているというか、そういう“違和感”の塊のような作品であり、そこが魅力だということが、稽古を進めていく中で分かってきた感じです。音楽もそうですし、ストーリーの運び方というものが違和感の塊なんですよ(笑)。

――「違和感」というのは普通に聞くとマイナスの要素であるイメージがありますが・・・。

悪い意味ですよ(笑)。でも、1個や2個の違和感だったら悪い意味で終わりなんですけど、この作品はそこを徹底しているんです。なんで違和感を持つかというと、今までの常識じゃないから違和感があるのであって。「凝り固まった常識」を覆すといういうか。その違和感を社会階級に当てはめて、ストーリーと共に観客へ伝える。さらにそこに音楽という要素が加わる。この音楽も、また違和感なんです。爽やかな終止形のコードではないものをどんどん積んでいくというか。僕が培ってきた音楽観を覆される音楽の作りをしていて・・・。もうどこを切っても違和感でしかないんですけど、これが一つになった時に違和感の“違”が無くなって、“和”んでしまうんですよ(笑)。

――その違和感の連続が、観客に新たな魅力を感じさせるんですね。

例えるなら、「ウニを最初に食べた人ってすごい」という感じです(笑)。ウニって、見た目がもう違和感の塊だし、甘くもないし、辛くもないし、ウニはウニの味としか言いようがないじゃないですか。『三文オペラ』も『三文オペラ』の味しかしないんですよ。そこをちゃんと分かった谷さんが、演出されている。さらに100年近く前の世界観を舞台とした内容を、現代から近未来に置き換えているんですよね。過去のことではなく、今の僕たちが未来を感じられるような。「こうなってしまったら、僕たちはどうするんだ?」と現代の僕らに置き換えられるような設定になっているんです。

――音楽にも違和感があるとのことですが、今回は音楽監督が志磨さんでロックになるそうですね。

確かにロックなんですが、クルト・ヴァイルが作った『三文オペラ』にふさわしくて、素晴らしい原曲たちの魅力は、一つも削られていませんね。ブレヒトの作った物語の要素を一つも削らず現代の人たちに伝える谷さんがいるように、クルト・ヴァイルの作った音楽の要素を一つも削らずに現代の音楽に置き換える志磨さんがいる、ということですね。だから「ぶっ壊す」という言い方をするんですけど、そこには最大の敬意があり、壊した後に残る美しい形をちゃんと目指しています。

――本質はきちんと芯に残されているということですね。

ただ破壊的にするのではなく、心を込めて壊すというか、一周回って創る感じです。クルト・ヴァイルの音楽もそうだし、ブレヒトのこの作品に対しても、最大の敬意を持って創るとなると、もう壊すしかない。完成しているんだから、それをもう一回創るとか、創り直すという表現はありえない。そこをちゃんと分かっている人たちがやるのであれば、壊すことで残るものがある。だから「ぶっ壊す」なんですよ。

『三文オペラ』松岡充インタビュー_3

――プレイボーイの盗賊王マクヒィスを演じることについてどう考えていますか?

役者冥利に尽きると思います。マクヒィスがやるようなことを現実的にはできないですからね(笑)。彼の魅力というのも、結局は“違和感”なんですよ。違和感がありすぎるがゆえに忘れられなくなるし、最低なヤツだからこそ愛おしくなるというか(笑)。最低で愛されないヤツって、やっぱり最低感が中途半端なんでしょうね。どこかにいいところはあるんですよ。本当に最低だったら、逆に好きになると思います。マクヒィスってそういう人なんじゃないかなと。最低だけど、本当はいいヤツなのかもしれないと思ってしまうところがいっぱいある、そこが彼の最大の魅力だと思います。

――マクヒィスと結婚するポリー役の吉本実憂さんと、愛人の一人であるルーシー役の峯岸みなみさんの印象はどうですか?

役にピッタリのキャスティングだと感じました。「なるほど、だから吉本さんなんだ。だから峯岸さんなんだ」というのは、稽古が始まってすぐに、十分すぎるほど分かりましたね。そこにいるだけで魅力を持った二人だから、いろんなところで活躍されていると思いますし。もう、ぴったりです。

――お二人を振り回すのが楽しいみたいなものはありますか?

どうでしょう、嫌な感じはしませんが(笑)。ただそれは、台詞上や演出上のこと。本当の意味で、その舞台に立っている時は彼女たちに愛してもらわなきゃいけないし、彼女たちに憎まれなきゃいけない。マクヒィスに命を与えるため、僕も心して全力でいきます。形だけ、台詞上だけ、衣装上だけと上っ面だけでは、きっと観客の皆さんにバレてしまうでしょうし、おもしろくないと思うんですよ。だから、憎まれるためには愛されないといけない。マクフィスは悪いヤツですからね(笑)。そこをできるかどうかというのは、僕にとっても挑戦だと思います。

――先ほどのお話にも少し出てきましたが、KAAT芸術監督である白井さんが役者として出演されています。役者としての白井さんの印象は?

白井さんはやっぱり白井さんなんだなと。これだけ長い間、演劇界を含めドラマや映画で活躍されているというのがすべて滲み出ている方です。一挙手一投足、発言、すべて勉強させていただいています。『三文オペラ』が白井さんにとってどれほど大きな存在なのかというお話も伺ったんですが、その時も本当に勉強になりましたね。

――谷さんや白井さんに囲まれて非常に濃密な稽古場になっていますね。

濃密ですね~、濃すぎて逆に疲れることもあります(笑)。警視総監タイガーブラウン役の高橋和也さんも、すでに役を自分の中で日々更新して役作りされていますし、改めて素晴らしいキャスト陣だなと思いますね。

――KAATという劇場で演じるということについて感じることは?

KAATでは何度かやらせていただいるんですが、歌う者として「なんて歌いやすくて、なんて美しい劇場なんだろう」。素晴らしい劇場です。ステージで僕らが感じながら歌っているその聴覚的なものと、客席で聴いているものが違うというのは、ホールとして普通のことなんです。僕らは、それを計算して歌ったり演奏したりするんですけど、ステージ上で思い描いているものがそのまま客席で共有できるホールはあまりないと思います。
全都道府県ツアーというものをSOPHIAで過去に3回やっていまして、日本全国ありとあらゆるホールで歌ってきているんですが、どんな場所でも、ステージから客席へ音楽で何かを伝えるという意味では変わらないので、プロとしては常に考えなければいけないものです。そんな僕らの「どう聴こえるのか?こう聴こえるならこういう風なアプローチにしよう」という複雑な悩みが全部吹っ飛ぶのが、KAATの素晴らしさ。劇場としてトップクラスだと思います。

舞台『三文オペラ』ビジュアル_1

――今回、劇中に登場する『ピーチャム乞食商会』の一員としてライブで演劇に参加できるP席(立ち見席)があるそうですね。

まず、よくそんな発想が出てくるなと思いましたよ(笑)。それを実現させてくれるKAATもすごいなと。音楽ライブだったら、観客全体が参加するというのは大前提であり普通なんですよ。でも、舞台はその逆ですよね。舞台で客席をいじる演出がたまにあったりするじゃないですか。僕も経験あるんですけど、皆さんも本当は心の中で「こっちに来るな」と願っているんじゃないですかね(笑)。人がイジられているのは観たいんですよ。だけど、自分はやりたくない、というのが舞台なんですよね。

――分かる気がします(笑)。

これ、本当にすごいことなんですけど、ピーチャムの台詞に、それを思わせる言葉があるんです。「乞食に対して世の中の人というのは・・・」この言葉をそのまま演出として落とし込んでいる。なんて画期的なんだ!と思うけど、これは大変ですよ。でも、大変な席だと分かっているからこそ、いろんな魅力的な要素も出しているんですよね。例えば、通常より安価であるとか、一番近くで観られるとか。そうなんだけど・・・と、難しい捉え方になるので悩むと思いますね。参加する方も、参加させる方も(笑)。

――P席の存在自体が、“違和感”かもしれませんね。

きっとそうなりますよ。S席、A席の人からすると、P席の存在は違和感でしかないと思います。自分より前に、自分より安いチケットを買った人が見ているんですよ。お目当てにしてきたキャストが見えづらいというか(笑)。逆にP席からすると「参加してるんだけど、後ろから見られていて、なんかもぞもぞする」とか、「こんなことならS席に行けばよかった」とか思いながらも、「オー!」とか声を上げて参加しなきゃいけない状況になるでしょうし。「なんだこれ!?」と感じるかもしれない(笑)。役者は役者で「昨日の人は良かったのに今日のP席はあまり動いてくれない」とか、「逆に動きすぎ!」とか思うかもしれない(笑)。もう全員が全方位で違和感でしかない空間をそこに創ることが、まさに『三文オペラ』だと思うし、まさにブレヒトがやりたかったことに近いんじゃないかなと思いますね。

――それでは、最後に観に来てくださる方へメッセージをお願いします。

このインタビューを読んでいただいて、ちょっと興味がわいた人は多分来てくれるでしょう!こんな作品は、本当にいい意味でも悪い意味でもほかにはないです(笑)。いい意味で「これはもう絶対に他にはできない」という謳い文句はこれまで聞いたことがあると思いますし、僕も言ってきましたが、今回は“いい意味でも悪い意味でも”ないものなので、それを少しでものぞいてみたいと思う方は、ぜひ劇場へいらしてください。上演回数も限られていますし、横浜と札幌でしか上演しない。それも含めてこの作品の特徴だと思ってください。そこには“違和感”の塊でしかないものが待ち構えています。それはここでしか味わえないものであり、皆さんの心を震わせるとと、僕は自信を持って言えます。それでもまだ物足りないという人は、P席で楽しんでください(笑)。それが最高の快感になると思います。

舞台『三文オペラ』ビジュアル_2

◆公演情報
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『三文オペラ』
【神奈川公演】1月23日(火)~2月4日(日) KAAT神奈川芸術劇場<ホール>
【北海道公演】2月10日(土) 札幌市教育文化会館 大ホール

【作】ベルトルト・ブレヒト/音楽:クルト・ヴァイル
【演出・上演台本】谷 賢一
【音楽監督】志磨 遼平(ドレスコーズ)

【出演】
松岡 充
吉本実憂、峯岸みなみ、貴城けい、村岡希美、高橋和也、白井晃
青柳塁斗、相川 忍、今村洋一、小出奈央、小角まや
奈良坂潤紀、西岡未央、野坂弘、早瀬マミ、平川和宏
峰﨑亮介、森山大輔、和田武

【MUSICIAN】
志磨遼平(ドレスコーズ)ほか

(撮影/櫻井宏充)

チケットぴあ
最新情報をチェックしよう!
テキストのコピーはできません。