『マリアの首』鈴木杏インタビュー!「人前に立つのは怖いけど、小川さんが信じろと言ってくれた」


東京・新国立劇場 小劇場で5月に上演される『マリアの首―幻に長崎を想う曲―』。小川絵梨子が演出する本作は、1959年に田中千禾夫により書かれ、岸田演劇賞、芸術選奨文部大臣賞を受賞した名作だ。終戦後の長崎、3人の女性の生き様と戦争で破壊された“マリア像”を軸に、さまざまな思いを詩的に、時に哲学的に描いている。その3人の女性のうちの一人、鹿を演じるのは、第24回読売演劇大賞 最優秀女優賞に輝いた鈴木杏。小川演出作品に2度目の出演となる鈴木に、作品にかける想いなどを聞いた。

『マリアの首』鈴木杏インタビュー

この舞台が、誰かの助けになれば

――以前から、この作品のことは知っていたそうですね。

実は、出演が決まるよりもかなり前に、演出の小川絵梨子さんが「『マリアの首』というすごく素敵な戯曲があって、一緒にできたらいいな」と言ってくださっていたんです。「小川さんがそこまで言うのはどんな本なのかな?」と思って、古本を取り寄せたのが最初です。読んでみて、混沌とした疲れや日々の汚れの中にある清潔感が印象的で、すごい戯曲だなと思いました。ただ、何回読んでも自分一人では理解できない深みがあるので、稽古場で皆の力で掘り下げていきたいです。

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――鈴木さんの演じる鹿(しか)は、どんな人物ですか?

鹿(しか)は、長崎に落とされた原爆でケロイドを負ったことによって、差別を受けながらも生きていかなければいけない女性。きっと、人生の不安や恐怖から抜け出したいと思っているんじゃないかと。鹿をはじめ、何人かの被爆者たちが、原爆で破壊されたマリア像の残骸を少しずつ集めて修復しようとするんですが、“マリアの首が手に入ったら何かが変わる”・・・そんな希望を、少なからず抱いているのではと思います。マリアという存在は目の前に広がる闇から「抜け出すこと」の象徴でもあるのかもしれません。

――信仰心だけでなく、現状を打破したいという思いを重ねて“マリア像の首”を求めると・・・。

きっと・・・。マリア像の話は出てくるけれど、宗教的な面だけでなく、現状を変えることに向き合っている人たちを描いた作品でもあるのだと思います。戦後という状況の中で、その難しさがより色濃く出ている印象を受けます。でも、いつの時代でも人は「生きることや存在や魂って一体何なんだ?」という疑問を持っていると思うんです。疑問を持ちながらも自分で道を見つけたり、誰かが引っ張ってくれたり、時には誤魔化したりする。登場人物が“原爆”という共通の体験をしながらも、人によって考え方が少しずつ違っているのもリアルです。

日々のいろんな局面で、それぞれが小さな選択を繰り返して進んでいくことは、戦後も今も変わりがない。だからきっと、共感してもらえるところもあると思います。この作品が、何かの壁を目の前にしている方にとってその打破のきっかけになったり、フッと心が落ち着くように寄り添えれば。一瞬でも、誰かの手助けになる時間としてお芝居が存在できたら・・・そんな大きなことを目指してもいいのかもしれないと思える戯曲です。そのためには、私達も必死で稽古をしなくてはいけないです。

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小川さんには「バレてるな」と

――長崎の原爆投下は1945年。鈴木さんにとってどんな出来事でしょう?

正直、すごく近い出来事ではないです。だから今、舞台になっている長崎・浦上の被爆についての本を取り寄せたりして読んでいます。時間があれば、マリア像のある浦上天主堂にも行きたい。もちろん、今と当時では全然違うでしょうけど・・・。

――お芝居を作る時は、事前に資料を取り寄せたり、かなり勉強されるんですね。

作品によっては、なんですけど。背景に何があるのかを自分の中に入れておかないと、舞台上でどう存在するかの答えに辿り着けないことがあって。それに、知らないことを知ることができるから、おもしろいんです。前に小川さんとご一緒した『星ノ数ホド』では宇宙物理学者の役だったので、稽古場に図書コーナーを作って、宇宙物理の本をたくさん並べて皆で勉強していました。すごく豊かな時間でしたね。(実際の)宇宙物理の先生にレクチャーしてもらったりもしたんですけど、あまりにも素敵な方だから、皆まんまと先生のファンに(笑)。

――小川さんの演出は2度目ですが、どんな印象ですか?

一緒に草を分けて道を探しながら、あの手この手で「自由になれ」と言われ続けていた感じです。どうしても、人に見られる職業だから、余計な、鎧のようなものをまとってしまっていたり。人前では緊張もするし、もちろん怖さもある。そういう事について「大丈夫だよ」と、ずっと言ってくれていた気がします。「もっと自分を信じていいし、もっと自由でいいんだよ」って。それがすごく印象に残っていて、今も自分の中に強く残っています。

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――演出家としての小川さんは、どんな方ですか?

ご本人が壁にぶち当たっていることをまったくもって隠さない。散々悩んで、頭から煙が出てるのが見えるんです(笑)。たぶん、小川さんの中では「ここ」というゴールが見えていると思うんですけど、すぐには辿り着けない。そんな役者に対して、イライラしていることをさらけ出す強さもあります。けれど厳しいという印象はなくて、「何時でも電話をかけてきて。いくらでも話を聞くから」と、一緒になって突っ走ってくれる。目指すところに行きつくために、試行錯誤することを良しとしてくださるんです。そのために、良い遠回りの仕方をさせてくれます。

――印象に残っている小川さんとのエピソードはありますか?

ある時、楽屋の鏡の前に「TRUST(信じろ)」と書いた紙が貼られていたんです。本番前、化粧をしているとその文字が目に入る。私は舞台上でなかなか自分を信じられなくて、開き直れないところがあって。芝居をしながらも冷静に自分のやっていることをチェックしてしまう。その状態は良くないからと、小川さんには何度も「手放せ、手放せ」と言われていました。だから、その紙を見た時は「ああ、バレてるんだな」と思いました(笑)。

――自分を信じて、冷静さを手放せ・・・ということでしょうか。

きっと「存在すること」なんだと思うんです。「手放す」ことは「純粋にそこに存在すること」だなって、今頃になってようやく分かってきたような気がします。

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蜷川さんからの観劇禁止令

――今作では、今まで共演されている方も何人かいますね。

中でも、峯村リエさんとは何回もご一緒させていただいていますね。これまで一緒にかなり濃い世界に飛び込んできたので、安心してつい甘えてしまう存在です。もし疲れたり、小川さんに怒られそうになったりしたら、リエさんの後ろに隠れます(笑)。

――新国立劇場は、役者の鈴木さんにとってどんな劇場ですか?

大変な芝居を突きつけられる劇場で、ハードルが高い戯曲に向き合わせてもらえます。毎回べそかきながら稽古をしています(笑)。素晴らしい劇場だし、大好きな場所なので、また戻って来られるのは嬉しいです。でも今回も大変そうだから、べそかくのかな・・・(笑)。

――NODA・MAP『足跡姫』など舞台出演が続いていますが、普段の息抜きはどうしているんですか?

絵を描くことと犬の散歩です。絵は、細かい模様のような線画をフリーハンドで描くんです。写経のように無心で描くので、すごく落ち着きます。『足跡姫』の現場では、毎日1枚宇宙人を描いて楽屋に貼っています(笑)。あと、犬と散歩したり、一人で神社に行ったり。歩くとリセットできるんです。

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――舞台を観に行ったりはしないんですか?

ちょっと前まではかなり観に行ってました。でも、あまりに観すぎて蜷川(幸雄)さんから「杏ちゃん、勉強しすぎだから芝居観んな。どっかの劇場で会ったら首絞めるぞ」って観劇禁止令が下されたこともあって。それでも隠れて観に行ってたんですけど(笑)。

最近は犬がいることもあって、休みの日は“犬感謝デー”になっています。仕事のときは母の家に預けているので、時間があればなるべく一緒にいようとすることが多くなりました。だから舞台は、本当に観たい公演しか行かなくなりました。

――どんな舞台が“本当に観たい舞台”ですか?

好きな女優さんが出ていると観に行きたくなります(笑)。気になっている劇団もたくさんあるんですけど、観劇には気力と体力がいるので、自分の本番中は行くのがなかなか大変。舞台を観るよりも家でのんびりと海外ドラマのラブコメとか、『テラスハウス』とか流し観ていることの方が増えたかも。最近は映画『orange-オレンジ-』を観ました。ラブコメの脚本に出てくるエピソードが好きで、見入っちゃうんですよね。出会って恋に落ちるという大枠は同じだとしても、あの手この手で引きつけてくれる。コメディのできる役者さんは本当にお芝居が上手なので、勉強になります。

――とても勉強家なんですね。今回の舞台に臨むにあたって、自分への課題は?

稽古を重ねてどんどん変わっていくとは思いますが、最初にこの戯曲を読んで受けた印象・・・“得体の知れない美しさ”という感覚は、失くさず持っておきたいです。『マリアの首』には詩的なシーンやファンタジーのようなシーンもあってバランスが難しいから、考えだしたらキリがない。最終的には“そこにどう存在するか”にかかっているんだと思います。

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◆公演情報
かさなる視点―日本戯曲の力― Vol. 3
『マリアの首 ―幻に長崎を想う曲―』
5月10日(水)~5月28日(日) 東京・新国立劇場 小劇場
【作】田中千禾夫
【演出】小川絵梨子
【出演】
鈴木杏 伊勢佳世 峯村リエ
山野史人 谷川昭一朗 斉藤直樹 亀田佳明 チョウ ヨンホ 西岡未央 岡崎さつき

◆プロフィール
鈴木杏(すずきあん)
1987年4月27日生まれ、東京都出身。1996年から『金田一少年の事件簿』などのドラマに出演しはじめ、2000年からは映画に進出。日本アカデミー賞やゴールデン・アロー賞など、多数受賞。第24回読売演劇大賞では、『イニシュマン島のビリー』『母と惑星について、および自転する女たちの記録』での演技が評価され、最優秀女優賞を受賞した。代表作は、TVドラマ『がんばっていきまっしょい』大河ドラマ『花燃ゆ』、映画『ヘルタースケルター』『吉祥天女』『花とアリス』『軽蔑』、舞台『海辺のカフカ』『奇跡の人』『ロミオとジュリエット』など。現在はNODA・MAP『足跡姫~時代錯誤冬幽霊(ときあやまってふゆのゆうれい)~』に出演中。

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