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衛星劇場でテレビ初放送!シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉』市川染五郎インタビュー「歌舞伎NEXT」に込められた思いとは?

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シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉』が、11月10日(木)と11月20日(日)にCSチャンネル衛星劇場にてテレビ初放送される。本作は、2015年7月に歌舞伎NEXTと銘打って上演された舞台『阿弖流為』を新感覚エンターテインメント映像作品として仕上げたもの。放送にあたり、本作の発案者である市川染五郎に作品を振り返ってもらった。

衛星劇場でテレビ初放送!シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉』市川染五郎インタビュー

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――『阿弖流為』は、2002年に『アテルイ』として劇団☆新感線とのタッグで上演された作品がベースになっています。染五郎さんが発案者だったそうですが、その時の経緯をお聞かせください。

そもそもの話になるのですが、僕の中で、ずっと前から「新しい歌舞伎を作りたい」という思いがありました。そこで、いつも歌舞伎のことで相談に乗ってくれる友人と話をしていたところ、「いっそのことイチから自分の手で作ってしまうのはどうか」というアイデアが生まれたんです。そこで出てきた題材が“アテルイ”の物語でした。

――それ以前から“アテルイ”に興味をお持ちだったのでしょうか?

そうですね。昔読んだいろんな歴史書に「“アテルイ”が処刑された時、敵だったはずの坂上田村麻呂が涙を流した」と書かれていて。敵将の死に対して感情的になる田村麻呂の姿に、二人の不思議な関係性とドラマを感じたんです。それに、歌舞伎にも“アテルイ”が出てくる作品はありますが、そこで描かれる“アテルイ”は鬼なんですよね。つまり、物語も田村麻呂が鬼退治に行くというお話になっている。それなら“アテルイ”を人間として描くことで、新しい歌舞伎作品を作れるのではないかと思ったんです。

劇団☆新感線と一緒に作ることになったのは、そのあとのことでした。新感線とは、2000年の『阿修羅城の瞳 BLOOD GETS IN YOUR EYES』で初めて一緒に舞台を作りましたが、この作品は新感線にとって再演作品でしたので「次にまた一緒にやる時は新作がいいですね」というお話をお互いしていたんです。その新作のアイデアとして僕が思いついたのが“アテルイ”でした。いのうえ歌舞伎のテイストで“アテルイ”ができたら、絶対にカッコいいものになるだろうなと思って。本来は、自分が新しい歌舞伎を作るつもりで温めてきた企画ではあったのですが、思わぬ形で新感線の力を借りて舞台化することができたので、僕としてはとても嬉しかったです。

衛星劇場でテレビ初放送!シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉』市川染五郎インタビュー_2
(C)松竹株式会社

――その時、作品の内容に関して染五郎さんの方から何かしら提案することはあったのでしょうか?

いえ、新感線と一緒に作ると決まってからは、脚本家の中島かずきさんに一任しました。実は、実際に動き出す前から僕も個人的に脚本を書き始めていたり、“アテルイ”のゆかりの地を訪れたりしていたのですが、そこで集めた資料などもすべて中島さんにお渡ししました。

――そこから13年後の昨年、『アテルイ』は歌舞伎の『阿弖流為』として新たに生まれ変わりました。歌舞伎のスタイルにしようと思われたのには、どういったいきさつがあったのでしょう?

新感線とは、『阿修羅城』以降も何作か一緒に作らせていただきましたが、2007年の『朧の森に棲む鬼』を機に、お互いの中でなんとなく一度区切りをつけた形になったんです。ですから、次にまた組む時には、今までとは違う新しいことに挑戦したいという思いがありました。その結果、皆さんとの話し合いの中で「いのうえ歌舞伎ではなく、純粋に歌舞伎作品を作ろう」という結論にいたったんです。

僕としては2002年の『アテルイ』でじゅうぶん達成感を味わっていたのですが(笑)。こうしてもう一度この作品と再会し、しかも今度は歌舞伎として上演できることに嬉しさと不思議な縁を感じましたね。

――この舞台は「歌舞伎NEXT」という名で上演されています。ここには、どのような思いが詰まっているのでしょうか?

これはもう宿命なのですが新しい形で歌舞伎を作ると、どうしてもお客様の中で「これは歌舞伎だ」「いや、歌舞伎じゃない」という議論が起こるんですよね(笑)。僕らとしては、そこではなく実際の舞台がおもしろかったかどうかで判断していただきたいのですが。そうやって歌舞伎好きの方たちが「これは歌舞伎か否か!?」で意見を交わすのが楽しいというのも分かります。

ただ歌舞伎というのは本来、何をやってもいいものなんです。“定義がない”というのが歌舞伎の定義ですから。だから僕らとしては、とにかくものすごくおもしろい舞台を作ろうということに徹しました。一方でそうした舞台を作れば、先ほど言ったように「これは自分たちの知っている歌舞伎じゃない」という意見が出ることも承知しています。そこで、「歌舞伎NEXT」という名前を使うことで少し間口を広げるようにして、自由にいろんな解釈で舞台を見てもらえたらと思ったんです。

衛星劇場でテレビ初放送!シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉』市川染五郎インタビュー_3
(C)Sakiko Nomura

――では、染五郎さんの中でこの「歌舞伎NEXT」はどのような位置づけになっていますか?

新しい歌舞伎を目指す場所ですね。今はいろんな歌舞伎の形がありますよね、コクーン歌舞伎しかり。その先駆けとなったものの一つが「スーパー歌舞伎」でした。この「スーパー歌舞伎」の誕生は本当に衝撃的で、1986年に新橋演舞場で初めて『ヤマトタケル』が上演された時は、歌舞伎界のみならず演劇界も揺れるほどの大事件でした。ああいった演出や見せ方は、歌舞伎の世界にはなかったものでしたし、演劇界にもありませんでしたから。まさに舞台の新しい表現方法が生まれた瞬間だったわけです。でも、それ以降は演劇界にも歌舞伎界にも、本当の意味で“新しい”と呼べるものは生まれていないと思うんですよね。ですから「歌舞伎NEXT」では「スーパー歌舞伎」ほどの影響や衝撃は作り出せないにしても、そこを目標にしていこうと思っています。

――『阿弖流為』の作品についてお聞きしたいのですが、「歌舞伎NEXT」として上演することで、前回の『アテルイ』にあった笑いの要素を極力なくすという変化をつけました。他に、演技面などで大きく変えたところはあるのでしょうか?

今回は歌舞伎を目指した舞台でしたし、いのうえひでのりさんが歌舞伎役者だけに演出をつけるのも初めてのことでしたので、僕としては「歌舞伎だったら、この場面でこういう動きをしますよ」という引き出しをたくさん持って稽古場に行かないといけないと思っていました。ただそれを使うかどうかは、いのうえさんにお任せしていました。また、演技に関しても新しいことに挑戦するという思いはあまりなく、むしろ見得一つ一つとっても歌舞伎役者として、いかにかっこよく、しっかりと見せられるかを大事にしていきました。そのために、歌舞伎としての所作や立ち居ふるまいを、僕自身がもう一度勉強し直さなければいけないという感覚が強かったです。

★後半では、共演者の中村勘九郎さん、中村七之助さんのお話や、染五郎さんの映像化へのこだわりなども伺いました!★

(文/エンタステージ編集部)

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