『フリック』マキノノゾミ×木村了インタビュー!「不自由だからこそ、演劇は楽しい」


2014年ピュリッツァー賞を受賞した話題作『フリック』が、10月、新国立劇場にて日本初演を迎える。フィルム映画を愛する若者たちの、ちょっと切ない日常をリアルに描く秀作だ。
初顔合わせ、初読み合わせの直前に、演出のマキノノゾミと出演の木村了に『フリック』上演への思いを伺った。

『フリック』マキノノゾミ×木村了インタビュー

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日本初上陸、ピュリッツァー賞受賞作

――今から初めての読みあわせだそうですね。(取材は8月下旬)

マキノ:そうです。キャストも初めての方ばかりなので、どんな雰囲気になるかまったく分からない。だいたい木村君とも5分前に会ったばかりだし(笑)。

木村:マキノさんをはじめ、ご一緒するのは全員初めてなのでとても楽しみです。こんなに登場人物が少ない芝居も初めてですね。キャスト4人とはいえ、ほぼ3人芝居ですし、出ずっぱりなので、自分が出てないシーンはどこにあるんだろうって探しちゃいました。

――なぜ『フリック』を上演しようと決めたんですか?

マキノ:候補作をいくつか読んだ中で『フリック』が一番明るかったから、かな。どこか呑気でね。ユーモアとペーソスが漂う雰囲気が良いなと思って。特に前半なんて、映画館での淡々としたバイト風景で、登場人物たちがただダラダラしゃべってるだけに見えるしね。それが後半になると、いろんな伏線が繋がって物語が一気に加速する。「おー、面白い!」と驚く、とても緻密で巧みな台本です。

木村:読んでいると、いつの間にか『フリック』の世界に没頭してしまいますね。あっという間に読み終わってしまいました。

実は、『フリック』に出演することは、かなりプレッシャーだったんです。ピュリッツァー賞受賞作ですし、日本初上陸でもあるので、緊張がありました。でも作品を読んだらとても面白かったので、マキノさんが『フリック』を選んでくださって嬉しいです。ありがとうございます!

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マキノ:いやいや。俺も翻訳の平川さんと最終的な上演台本に仕上げながら、どんどん『フリック』にのめり込んじゃった。とにかく登場人物全員が大好きだね。

木村:もう脳内でキャラクターが動いているんですね(笑)。

マキノ:うん、俺の脳内劇場では、すでにかなり愉快なことになってるよ(笑)。木村くん演じるエイヴリーも、菅原永二くん演じるサムも、ソニンさん演じるローズも、それぞれ懸命に生きてんだけど、どこかちょっと滑稽で。大爆笑するような芝居ではないんだけれど、人の気持ちの機微がとてもリアルに書かれているからこその可笑しさがある。二十歳ぐらいの頃の、いろんな事がちょっとうまくいかないだけで「宇宙でオレが一番不幸だ!」とか思いこんじゃうような感じがよく出てるよ(笑)。

木村:固定概念を持っていたり、自分に自信がなかったり、不安を抱えてたりする部分は人類共通のものですよね。しかも2012年が舞台になっているから、より身近に感じます。

マキノ:ほぼ現在といっていい。でも、いつの時代でもある若者の普遍的な悩みだろうし、こっちも身に覚えがあるから愛おしいの。苦しい事もたくさんあるんだけど、ギリギリで他者と繋がろうとする感じとか。友情や希望といったものが崩壊の寸前で踏みとどまる感じとか……このさじ加減がとても素敵な台本だよね。ト書きもすごく細かく、かつ絶妙に書かれてるし。

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木村:「20秒後に話す」といった細かい指定がありますね。これほど緻密に書かれたト書きは初めてです。

マキノ:俺も初めてよ。「2分待つ」なんて、実際にやったらどうなるんだろう。でも、お客さんと一緒にただ2分耐えるというのもやってみたいね。

木村:やりたい!すごい時間になりそう(笑)。

――2012年が舞台ということで、会話もかなり現代的ですね。

木村:「ちょお、待って」とかね。

マキノ:できるだけ翻訳劇調にならないように、若者言葉ふうに訳してもらってます。それに、新しい戯曲だから、登場する話題も最近のものなんだよね。エイヴリーとサムが過去10年のベスト映画についてムキになって話すところなんて、かなり笑えるし。

木村:とくにエイヴリーはかなりの映画オタクなので、映画についてたくさん語るんですよね。エイヴリーと同じ映画を見て彼の人間性に触れてみようと思って、ちょうど昨日、劇中に出てくる『パルプ・フィクション』と『マグノリア』を観返しました。

ベスト映画、ベスト演劇

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――お二人のベスト映画は?

マキノ:一番よく観るのは『トラ・トラ・トラ!』かな。小学5年生の頃に劇場公開で観て、今でも元気がない時にしょっちゅう観るよ。あと『大脱走』なんかも好きだな。

木村:ベスト映画ってけっこう難しいですね。何回も繰り返し観た映画なら、『ぼくを葬る』かな。フランスの映画で、ゲイのカメラマンが癌宣告をされて、自分がなぜ生きているのかを考え始める……という。

マキノ:重いなー。

木村:重いんですけど、すごく綺麗なんですよ。面白いので、思い出したように見返す映画ですね。あとはノーマン・リーダスの『処刑人』が好きでした。

マキノ:それ怖い話?怖い話は一切ダメ。

木村:えー!ホラー苦手なんですか!?僕はゾンビが大好きで、最近『ウォーキング・デッド』にハマってますよ。映画ではなく演劇でも怖い作品は観られないですか?

マキノ:ダメだろ!劇場なんて暗くできるし、脅かそうと思ったらいくらでもできるんだから。ましてお化け屋敷なんて怖くて絶対に入れない!ダメだ、想像しただけで「キャァー!」ってなる。でも、サイコホラーなら観られるかも。ゆっくりと心理的に圧迫感を……やっぱりダメだな(笑)。

木村:意外だなあ(爆笑)。

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――では、ベスト演劇は何ですか?

マキノ:たくさんあるなぁ。『上海バンスキング』(オンシアター自由劇場の大ヒット舞台)を観た時には「いつかこういう作品をやりたい」と強烈に思ったし、絶頂期のつかこうへいさんの芝居も「なんでこんなに面白いんだろう!」と強烈に思った。やっぱり若い時に観たものは一生を決定するから、大人になってから観た舞台よりも印象が強いね。「こんな世界があるんだ!」と衝撃を受けた作品だから。でも、演劇って消えちゃうものだから、結局は観たもん勝ちなんだよね。観てない人には何とでも言えるし(笑)。

木村:先輩から話を聞いて「観てみたかったな」とよく思いますからね。國村隼さんから聞いた、アメリカで公演したアンソニー・ホプキンスの『M.バタフライ』という舞台はすごく観たかったな。その舞台を観た國村さんは、「自分は何をやっていたんだ。もう舞台はやめよう」と思って、それ以来仕事は映像を中心になったと話されていました。

マキノ:良い作品を観るとそうなるね。俺も永井愛さんの『こんにちは、母さん』の初演を観た時に、「俺なんてもう死んじゃえ」って思った。

木村:そこまでですか!?(笑)。

マキノ:あまりに素晴らしくて、「こんな芝居があるんだったら、俺なんかもう何やってもダメだ」と(笑)。本当に良い芝居を観ると打ちのめされるね。でも逆に、つまらない芝居を観るとけっこう元気になるんだよな。「まぁ、俺の芝居はこれよりはマシだわ」って(笑)。

木村:すごく分かります(笑)。作品が素晴らしかったら興奮しながらも落ち込むし、面白くない作品は心の栄養にはならないけれどやる気は出る。

マキノ:両方観ていないと自分の中でバランスが取れない。難儀なことです。

見たい絵を見て満足して死ぬことは、もうないと思う

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――『フリック』にはデジタル化による映画の変化が描かれていますが、演劇にはデジタル化の影響を感じますか?

マキノ:あまり影響は感じないかな。俳優たちと稽古して、観客の前でライブで見せるということ自体は、大昔から変わらない。映画は画質が変わったりするけれど、演劇は生だからね。どんなに時代が進んでも、演劇はなくならないと思う。ずっと昔から続いてきたということは、人間にとって必要なものだってことだから。生身の俳優が演じる姿を観て、物語を一緒に体験するということが、たぶん人間の根本に必要な行為なんだと思う。

もちろん、劇場の機材がデジタル化されるという変化はあるよ。昔は照明ひとつ作るのにもすごく工夫が必要だったし。今はムービング・ライトやコンピュータの操作卓もあるから、けっこうすごい事が簡単にできちゃう。「あの照明どうやって作るんだ!?」という感動は少なくなったね。デジタル化の影響といえば、そんな感じかな。

木村:僕が影響を感じるのはインターネットですね。演劇が情報化されて、SNSで「ネタバレを含む」という投稿がされたり、観劇レポートだけを読む方もいる。劇場に観に来なきゃわからないという、玉手箱のような気持ちが薄れていると感じます。それに、僕たち役者はSNSで近況を公開できますが、あまり私生活を見せるとお客さんが想像するワクワクを半減させてしまうかもしれないと、考えてしまうこともありますね。

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マキノ:便利になることは幸せになることではないんだよな。いや、便利なのは助かるんだけどさ、あまりに簡単に情報として手に入るし、実物で見なくてもわかった気になっちゃうから、有り難みがなくなる。たとえば『フランダースの犬』のルーベンスの絵みたいに、見たくて見たくて堪らなかったものを死ぬ間際にやっと見られて、満足して死んでいく……というようなことは、もう起こり得ないわけで。

木村:そうですね。簡単にできるから、満たされない。

マキノ:でも演劇が良いのは、物理的に絶対的に不自由なところだよ。たとえば、十五秒の暗転中に真っ暗闇の中をなんとか移動して次のシーンの位置にいないといけないとなったら、「舞台装置のここを触れば移動できる」とか「あそこに蓄光(暗闇で光るテープ)を貼れば目印になる」といった、実にもう原始的な方法で、役者は暗闇を移動するわけで。結局はそんな手作り感覚の工夫を重ねて創っていくしかないっていう(笑)、そういう不自由さがあるからこそ演劇は楽しい。だいたい観客の目の前で最初から最後まで生身で演じきらなければいけないから、役者の肉体には何かが宿るしね。そういう部分は映像ではなく、生で観ないと絶対に伝わらない。人間が健気に体を張ってやっているという、まったくデジタルじゃないところが演劇の魅力だね。

木村:それこそ舞台役者の醍醐味ですね。生の感覚が楽しくて俳優をやっています。

マキノ:毎日、ライブで観客と出会っている緊張感やスリルは、舞台じゃないと味わえない。きっと、お客さんもそう感じてくれていると思うよ。

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◆木村了 プロフィール
2002年デビュー。2004年『ムーンライト・ジェリーフィッシュ』で映画初出演。その後、数々のドラマ、映画で活躍。近年の舞台は、『蜉蝣峠』『浮標』『ライチ光クラブ』『鉈切り丸』 『神なき国の騎士』『帝一の國』『生きてるものはいないのか』など。2016年8月には『TARO URASHIMA』に出演。新国立劇場には「近代能楽集『弱法師』」『朱雀家の滅亡』『象』(再演)『桜の園』で舞台に立っている。

◆マキノノゾミ プロフィール
脚本家、演出家。1984年劇団M.O.P.結成、2010年の解散公演まで主宰を務める。1994年 『MOTHER』で第45回芸術選奨文部大臣新人賞、1997年『東京原子核クラブ』 で第49回読売文学賞、1998年『フユヒコ』で第5回読売演劇大賞優秀作品賞、2000 年『高き彼物』で第4回鶴屋南北賞、2001年『黒いハンカチーフ』『赤シャツ』で第36 回紀伊國屋演劇賞個人賞、2008年『殿様と私』で第15回読売演劇大賞優秀作品賞、 2010年『ローマの休日』の演出・脚本の成果に対し第36回菊田一夫演劇賞受賞など、受賞多数。

◆『フリック』公演スケジュール
2016年10月13日(木)~10月30日(日)新国立劇場 小劇場

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