私たちが『エリザベート』にハマる理由


2014年の年末から2015年の初めにかけて、最も演劇界を賑わせた話題の1つが東宝ミュージカル『エリザベート』の新キャスト発表だろう。2012年に東京、博多、名古屋、大阪で上演されて以来、3年の月日を経ての公演となる2015年版には誰もが予想しえなかった大きな“変革”というスパイスが加えられるようだ。宝塚版の日本初演から19年、なぜ『エリザベート』という作品に私たちがこんなにも夢中になるのか・・・今回は東宝版の舞台の軌跡と、エリザベートことシシィが生きた物語を追いながら、その理由に迫ってみたいと思う。

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『エリザベート』

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◆ウエストエンドやブロードウェイとは違う独特の世界観

『エリザベート』の東宝版初演は今から15年前の2000年。帝国劇場全117回の公演だった。タイトルロールを演じたのは元宝塚雪組男役トップスタ一の一路真輝。エリザベートの少女時代から晩年、そして死の時まで彼女を見つめる黄泉の帝王・トート役はミュージカル界不動のスター・山口祐一郎とそれまで主にストレートプレイの舞台に立ってきた文学座・内野聖陽のWキャスト。物語の狂言回しとも言える暗殺者、ルイジ・ルキーニ役は当時映像で活躍していた髙嶋政宏、そしてエリザベートの息子、皇太子ルドルフ役はこれがデビューとなる現役芸大生の井上芳雄とかなりの混成キャストだった。

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初めて『エリザベート』を帝劇で観た時、まず感じたのは「ウエストエンドやブロードウェイ作品とは違う独特の世界観」と「音楽の素晴らしさ」だった。前者は演出が宝塚歌劇団の小池修一郎氏だったこともあり、ある種の暗さがかなりの割合を占めている作品にも拘らず、どこか少女漫画的なキラキラ感もあって、それが何とも不思議で魅力的なテイストを醸し出しているという印象。後者に関しては言うまでもないだろう。

そう、演出の小池氏もこれまで多くのインタビューで答えている通り『エリザベート』は決して明るくHAPPYなミュージカルではないのだ。

◆ハプスブルク家の「栄光」と「滅亡」 そして時代を生き抜いた皇后・エリザベートの物語

『エリザベート』で描かれているのは19世紀後半のオーストリア。長らくこの帝国を支配してきたハプスブルク家の栄光と滅亡が、主人公エリザベート(愛称=シシィ)の人生と重ね合わせられながら紡がれていく。

ドイツ・バイエルン地方の侯爵家の娘として自由奔放に育った少女・シシィは姉のお見合いに同行した際、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に見初められ、ハプスブルク家に嫁ぐのだが、その結婚生活は決して幸福なものではなかった。慕っていた父親と同じように馬に乗り、自分を広い世界へ連れ出してくれると思っていた夫・フランツは“宮廷で唯一の男”と評される母・皇太后ゾフィーに頭が上がらず、生活は全てゾフィーの息がかかったお付きの者たちに監視されている。そんな日々の中、彼女の最初の覚醒と共に歌われるのが作品のメインテーマとも言える「私だけに」だ。自分の人生は自分自身のもの、誰にも支配されないと決意したシシィは美貌を武器に夫に様々な条件を提示し、自らの居場所を獲得していく。

そんなシシィを少女時代に落下事故から救って以来、「死」の世界に誘おうとするのが黄泉の帝王・トートである。「死」という“概念”を黄泉の帝王と言う形で擬人化したキャラクター造形もさることながら、妖しい美しさを有し、絶望のシシィが「連れて行って」と頼んだ時は「まだお前は俺を愛していない」と袖にしながら、彼女のターニングポイントとなる局面には必ず立ち会うツンデレぶりは正に少女漫画の世界。近代から現代演劇のテーマにありがちな女性の自立と言うファクターに、トートの存在は鮮やかな色合いと強い個性とを加えている。

ミュージカル『エリザベート』が多くの観客を魅了し愛される大きな理由の一つがトートの存在に象徴される一種の少女漫画感と非日常感なのだと私は思う。徹底的にリアリズムを追求するストレートプレイとは異なり、このエッセンスを加えることで決して幸福とは言えなかった一人の女性の結婚生活と名家の滅亡と言う影を持った物語に華やかさと生々しくない恋愛モードが足され、観客はゴツゴツした木の椅子ではなく、座り心地の良いクッションシートでストーリーに浸る事が出来る。そう考えるとこれまでの東宝版演出で使われてきたゴンドラや、トートを取り巻き華麗に踊る“トートダンサー”たちの存在意義=小池氏の演出意図も一層明確になる筈だ。

シシィの人生のビターな描写は二幕でさらに深まっていく。息子・ルドルフの自殺、夫・フランツとの埋められない溝、衰えてくる美貌…。物語の終盤で夜の水面(みなも)を見つめながらシシィとフランツが互いの相容れない思いを歌う「夜のボート」のメロディーは若い二人が出会い、輝く緑の中で結婚を決めた時に流れるナンバーと同じ旋律である。観客が大人であればあるほど、人生の切なさを実感する場面だ。

ラストシーンで暗殺者・ルキーニに殺されたシシィは迎えに来たトートと共に黄泉の国に旅立つ。暗殺されたにも拘らず、最後まで「私の人生は私だけのもの」と輝かしい顔で黄泉の世界へ向かうシシィの姿は、ハプスブルク家に関わった他の死者たちが闇の中に沈んでいくそれとは対照的だ。彼女は「死」と共に本物の「自由」を手にしたのである。

◆2015年 新しい『エリザベート』が帝劇で開幕!

そんな『エリザベート』が2015年上演版から“大きく変わる”のはご存知の通りだろう。

初演の一路真輝から2012年版で同役を演じた瀬奈じゅん春野寿美礼まで、元宝塚の男役トップスターたちが演じることが慣例となっていたエリザベート役が2015年版では元娘役のトップ、花總まりと蘭乃はなにバトンタッチされる。

また、2010年に同役を演じた城田優と、初演で皇太子ルドルフとしてミュージカル界にデビューした井上芳雄がトート役になり、ルキーニ役には『レ・ミゼラブル』のマリウス等、端正な二枚目路線の役を多く演じてきた山崎育三郎と歌舞伎界のみならず、ミュージカルの舞台でも活躍する個性派・尾上松也がキャスティングされている。

エリザベートの夫・フランツはルドルフ役の経験もある田代万里生とLe Velvetsの佐藤隆紀が演じ、皇太子ルドルフは2012年からの続投・古川雄大に加え、ジャニーズJr.京本大我、皇太后・ゾフィーは元宝塚男役のトップスター・剣幸と香寿たつきのWキャスト、更に『レディ・ベス』メアリー役で大きな存在感を見せた未來優希がエリザベートの母・ルドヴィカと、娼館の女主人・マダム・ヴォルフの二役を演じる。

東宝版の初演以来、元男役トップスターのみが演じてきたエリザベート役を二人の元娘役トップスターが演じるのも驚きだし、ミュージカル、ストレートプレイの両面で様々な“人間”を演じてきた井上芳雄が「死」という概念をどう表現するのか、そして物語の狂言回しであるルキーニ役を二枚目路線で来た山崎育三郎と歌舞伎界の尾上松也という異色のWキャストがどう演じるのか楽しみは尽きない。

また、ホームである宝塚歌劇団で多くの“変革”を行ってきた小池修一郎氏がここまでキャストを一新したからには、演出面でもこれまでの『エリザベート』と全く同じという事はないだろう。

「滅びの物語」という暗い軸を持ちながら、その中に埋没することを良しとせず、皇后として…そして一人の女性として時代を懸命に生き抜いた『エリザベート』。2015年6月に彼女の新たな旅がスタートする。私たちが『エリザベート』を愛する理由…それは劇場で彼女の旅に同行しながら時にときめき、時に微笑み、そして時に涙する事で、自らの人生とも向き合う時間を得るからなのかもしれない。

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